スポーツ偉人伝 須田 百合子
氏名 須田 百合子(すだ ゆりこ)
生年 1931年(昭和6年)生
区分 功労者
海南市で出生、黒江小学校、海南高等家政女学校(現県立海南高校と合併)を昭和23年3月卒業、森戸辰男文部大臣から、品行方正学業優秀等により文部大臣賞を受與さる。太極拳との出会いは、昭和58年から大阪で19年間学んだことがきっかけとなる。海外での活動実績は、平成2年に開催された北京アジア競技大会合同演武に本県から唯一出場した。日頃の鍛錬や活動実績が認められ、平成5年日本武術太極拳連盟加藤六月会長より直接要請され、かねてからの念願であった和歌山県に太極拳教室を開設する事になる。平成6年には和歌山市で開催された世界リゾート博覧会においての出演を機に、和歌山県武術太極拳連盟を結成、創始者として理事長に就任する。平成9年には和歌山県体育協会に加盟。日本武術太極拳連盟コーチ指導委員会副委員長を4年間就任、ねんりんぴっくに選手として2回、監督として7回、平成11年より洋上老人大学に講師として8年間船内で指導、日本武術太極拳選手権大会に選手で3回、監督コーチとして10年間出場と、精力的に活動を続ける。平成14年には県立橋本体育館で指導を開始し、同年8月、日・中・韓三国交流会参加(北京)、日本マスターズ2003大会役員委員と太極拳の普及に尽力した。これらの業績が認められ、平成16年に第42回和歌山県スポーツ功労賞を受賞。その後も普及活動を続け、県下に22ヶ所の教室を設立する。常に指導者と選手の育成と講習指導にあたり、組織の充実と普及に誠に顕著であり、本県のスポーツ太極拳の振興に多大な貢献を残す。また愛情をもった楽しい教室の指導風景が見られる。