スポーツ偉人伝 駒野 友一
氏名 駒野 友一(こまの ゆういち)
生年 1981年(昭和56年)生
競技 サッカー
区分 競技者
1981年7月25日に生まれる。1997年、中学3年生時に多数のオファーがあり、広島ユースへ入団を決める。2000年、サンフレッチェ広島とプロ契約を結ぶ。翌2001年、ヴァレリー・ニポムニシ監督に見出されレギュラーを獲得。その後も安定したプレーを見せ、その年の2ndステージ3位になる原動力となった。それ以降も右のアウトサイドのレギュラーとして活躍した。
2003年8月16日対横浜FC戦で右膝前十字靱帯を損傷。懸命なリハビリを続け、2004年4月29日ナビスコカップ対横浜F・マリノス戦で復帰した。駒野不在の間、広島の右サイドでレギュラーを掴み取った選手は誰もおらず、チームは駒野選手の存在感の大きさを実感することとなる。同年にアテネオリンピックサッカー日本代表として招集された。その後も2006年には2006FIFAワールドカップ日本代表に選出された。
2010年にも2010FIFAワールドカップ日本代表に選出され、本大会のグループリーグ3試合と決勝トーナメント1試合の合計4試合全てで右サイドバックとしてスタメン出場を果たし日本の決勝トーナメント進出に貢献した。
左右両足から繰り出せるクロス精度はJリーグ屈指。特にFWの動きに合わせた軌道を研究して練習した、と自身で述べている鋭く曲がり落ちるアーリークロスは大きな武器で、何度もアシストを記録している。運動量は日本人選手屈指であり、試合中に何度も上下運動を激しく繰り返す強靭なスタミナも持ち合わせている。ドリブル突破も魅力であり、サイドから切りこんで強烈なシュートも放つ。