地対財特法期限後の和歌山県の同和行政のあり方
「地対財特法」期限後の和歌山県の同和行政のあり方
はじめに
侵すことのできない永久の権利としての基本的人権を保障した日本国憲法が、昭和22年5月3日に施行された。
かけがえのない生命や財産を奪う忌まわしい戦争を乗り越え、生まれながらにして持っている基本的人権の尊重と人間としての尊厳が、時として失われ、時として奪われることを経験として学んでいる我々は、一人ひとりが自らの不断の努力により、この基本的人権を守り続けなければならない。
そして基本的人権が保障されているはずの日本に、基本的人権の侵害であり、深刻にして重大な人権問題である同和問題が存在していることを忘れてはならない。
このため本県では、日本国憲法の精神と地方自治の本旨に基づき、市町村をはじめ県民と一致協力し、基本的人権の尊重と同和問題の解決を目指し取り組んできた。
特に本県では、同和問題解決のために実施してきた同和地区実態調査や県民意識調査、その他各種調査等を踏まえ、同和行政を推進してきた中で、平成10年1月に「和歌山県同和行政総合推進プラン」を策定し、さらに取組を進めてきた。
こうした状況の中で、新たな方向性を見極める重要な転換期であるとの認識の上にたち、平成13年8月に「今後の同和行政に関する基本方針」を策定し、差別がある限り同和行政が必要であるという基本的な方向を示してきたが、これまでの成果や経緯を踏まえ、今後の同和問題の解決のための取組を次のとおりとする。
同和行政に関する基本姿勢
本県では、国に先駆けた昭和23年に、地方改善事業補助制度を創設し、基本的人権の尊重と同和問題の一日も早い解決を目指し、実態的差別と心理的差別の解消に努めてきた。
特に昭和44年に施行された「同和対策事業特別措置法」(以下「同対法」という。)以来30数年間にわたり、同和問題の解決が県政の重要施策であるとの認識の下、各分野において総合的、計画的に同和対策を推進してきたことにより、相当の成果を上げてきたところであるが、残念ながら同和問題の解決に至っていないのが現実である。
そもそも同和行政とは、行政の責務として同和問題を解決するために実施する行政であり、特別措置法のみに基づき実施されてきたものではなく、単に特別措置法の失効をもって終了や放棄されるべきものでもない。
いかなる差別も現存する限り、課題解決に向けた取組を推進していかなければならないという姿勢は揺るぎないものであり、平成14年3月31日をもって、特別措置法が期限を迎えるにあたっても、同和問題の解決に取り組む本県の姿勢は不変である。
しかしながら、これからの同和行政は、これまでの取組を、漫然と続けるのではなく、今日的な観点での課題意識に基づいた粘り強い取組が求められており、県はその責務を自覚し、市町村をはじめ県民と一致協力して、それぞれの分野と役割の中で、全力を挙げ、同和問題の解決に取り組む。
これまでの取組及び成果と課題
昭和40年に「同和対策審議会答申」(以下「同対審答申」という。)において同和問題の解決は、国の責務であり国民的課題であることが明確にされ、その答申を受け、昭和44年には同和対策の最初の特別措置法である「同対法」が施行された。
本県においては、国に先駆けた昭和23年に、地方改善事業補助制度を創設し、基本的人権の尊重と同和問題の一日も早い解決を目指し、実態的差別と心理的差別の解消に努めてきた。
そしてこの特別措置法の施行に伴い、翌年「和歌山県同和対策長期計画」を策定し、同和対策事業を積極的に実施してきた。その後、昭和57年に「地域改善対策特別措置法」が施行されたことに伴い、翌年「和歌山県同和対策総合基本計画」を策定した。そして昭和62年に同和対策事業の一般対策への円滑な移行を目的とした「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」(以下「地対財特法」という。)の施行に伴い、同年新たに「和歌山県同和対策総合推進計画」を策定し、さらには、平成9年の「地対財特法」の改正を受けて、平成10年1月に「和歌山県同和行政総合推進プラン」を策定して、同和対策を県政の重点施策として同和問題を取り巻く実態を十分に把握しつつ、計画的、総合的に必要な施策に取り組んできた。
「同対法」が施行された昭和44年度から平成12年度までの間に物的事業、非物的事業を含め累計で約1兆2,875億円の同和対策事業を実施してきた。
これらの取組の結果、同和対策事業については、大きな成果を上げた。
特に、住環境整備については、国、県、市町村が一体となり、地域住民の理解と協力を得ながら、その劣悪な住環境の改善に計画的に取り組んできた結果、住宅、地区道路、下水排水路、消防施設、公園、墓地等の整備も進み、「同対審答申」当時に指摘されていた劣悪な住環境については、大きく改善された。
一方、差別により就職の機会均等を奪われ、その生活基盤を脅かされてきた同和地区住民の産業就労及び生活面での支援を行うことは同和問題解決のために必要不可欠であるとの認識の下、技能習得の奨励や適切な就職相談、雇用主に対する啓発等を推進してきた。また、中小零細事業者に対する設備や経営の近代化や合理化を図るための支援も積極的に進めてきた。その結果、若年層の就労等に明るい兆しが見える等の成果があった。
さらに、同和地区住民の生活については、これらの経済基盤の脆弱さと相まって、それが健康面や福祉面において様々なニーズを生み出していることから、それらのニーズに対応し、同和地区における社会福祉の増進、健康対策としての衛生向上、住民の自立意識の涵養を図るため、隣保館、保育所等の施設整備を行い、職員の充実を図ると共に、隣保館等を拠点として各種の訪問指導や相談事業等の施策の積極的な展開を行ってきた。これらの取組と産業就労や教育面での取組とが相まって、就職差別や不充分な教育のためにもたらされていた脆弱な生活基盤により様々なニーズを生み出している福祉や衛生面等の生活面については、向上が図られた。
教育については、「同対審答申」の趣旨にのっとり、昭和48年「和歌山県同和教育基本方針」を策定し、部落差別を取り除く人間を育成する教育の充実及びその条件整備に積極的に取り組んできた。特に、同和地区児童生徒の基礎学力の向上、基本的生活習慣の確立等の取組や教育の機会均等を図るための進学奨励事業の実施等により、多くの面で成果を上げてきている。
啓発についても、本県では国に先駆け、昭和27年に「同和問題研究委員会」を創設、昭和31年には、「和歌山県同和委員会」と改め、県、市町村、同和委員会が一体となって「県民みんなの同和運動」を展開するなど社会教育とともに積極的に推進してきた。その結果、県民の同和問題に対する基本的理解と認識は深まり、人権意識の高揚も進んできている。
しかし一方では、法の下で同和対策事業が実施されて30年以上が経過し、社会構造や住民の意識やニーズが多様化してきている中で、それぞれの地域によって問題も異なってきている。
また、差別事件が依然として発生しており、最近では特にインターネット上での人権侵害等、匿名性と拡散性を特徴とした差別落書が起きている。このような状況を踏まえ、教育・啓発の粘り強い取組とこれらの差別事件への有効な取組を行っていく必要がある。
一方、脆弱さが残る同和地区の生活・経済基盤により、労働・産業・生活・教育等にも影響をおよぼしている。
こうしたことから、これまでの取組の中で様々な成果を上げてきつつも、現状を見たとき、さらに粘り強い取組が必要な課題や、従来の取組をさらに多様化させていく必要がある課題、そして早急に対応すべき課題があることも事実であり、これまでの成果を基礎として、今後においてもこれらの課題への取組が必要となる。
その際には、従来からの取組にも増して、個人の自己実現を図るための基盤整備という視点での取組を総合的に行う必要がある。
「地対財特法」失効後の同和行政
(1)基本的な考え方
本県は、従来同和問題解決のための施策を、同和地区の抱える様々な課題に対し、その事業の実施の緊急性等に応じて、概ね特別対策として講じてきた。
今後特別対策として取り組むより、むしろそこにあるニーズに対して、創意工夫をした一般対策の中で粘り強く取り組んでいくことが必要である。
言い換えれば、このような現在までの取組の成果と現状を踏まえつつ、様々な行政ニーズを持った人たちに対応する施策を実施していく中で、今後効果的に同和問題の解決を図っていかなければならない。
しかしながら、同和問題は、様々な課題としてその姿を社会の中に見せているが、いくつもの課題が「差別」という鎖によって複雑に絡まりあいながら表出しているという特徴があるということも忘れてはならない。従って、今後、これらの課題に取り組んでいく場合は、同和問題解決という視点に立つということを基本に据えながら、一般施策の中で、その早期解決に粘り強く取り組んでいくことを基本姿勢とする。
(2)施策別重点施策の取組姿勢
具体的な事業を進行するにあたっては、財源も含め、これまで実施した同和対策事業としての経緯や現状等を十分認識し、同和問題解決に向けた取組であるということを自覚し、必要な一般施策の活用を図り、特に課題ある箇所や課題ある内容の解消に向けて取り組むものとする。
(1)物的事業
「同対審答申」にもあるように、同和地区の住環境については、道路や下排水路の未整備、不良住宅の密集化等スラム化の状況が顕著であり、それらの実態的差別が心理的差別も生んでいると言われる状況であったが、本県では、「同対法」以前からこれらの改善事業に取り組み、特に「同対法」以後、財政的な特別措置により同和地区の住環境の整備に行政として積極的に取り組んできた結果、同和地区の劣悪な住環境については大きく改善された。
しかし、それらの施策の中で建設されてきた公営住宅等については、その老朽化対策が新たな問題となる危惧があるのも事実である。
また、農林水産業においても、同和地区の脆弱な経営基盤への対策として、農道、かんがい排水路等の土地基盤や共同利用機械施設、水産関係の築いそ、魚礁等のハード事業を実施し、相当の成果を上げてきているが、同和地区の農林漁家の経営は依然として小規模なものが多く、これら小規模経営者に対する対策が課題となっている。
以上のような状況を踏まえ、現在実施している物的事業については、次のように対応する。
- 地区道路、下水排水路等、同和地区の劣悪な住環境の改善を目的としていた事業については、平成13年度末をもって特別対策は終了し、今後は、それぞれの事業主体において実施していく。
- 住宅に係る事業については、今まで建設してきた公営住宅の老朽化に対応するため、また、高齢者や障害者対策等に対応するために、総合的な視点に立ったマスタープランの策定支援等、各施策を実施していく。
- 農林水産業の振興に係る事業については、小規模農林漁家の自立支援に必要な施策を実施していく。
(2)人的事業
専門性を有する人や能力のある人を、直接その課題解決のために配置を行う制度は、有意義なことであり、大変重要な役割を果たしてきた。
これまでややもすれば、社会全体の中で平均的な個人を育成することが平等であるという考えが主流であったが、新しい時代においては、個人の個性と能力に応じた保育や教育、育成の機会の保障を行い、一人ひとりの能力を高めることにより、個人の確立を図り、より良い社会を作り上げていくことが求められている。
今後の人的事業の実施にあっては、課題の見極めを行い、必要に応じ適切な人的配置を行うものとする。
(3)個人給付的事業
差別のために安定就労を阻まれ、その生活基盤が脆弱であることへの対策としての個人給付的事業については、基本的に属地・属人主義で実施してきた。
これらの事業が必要とされ創設された当時は、差別のため同和地区全体の問題として、これら不安定就労と脆弱な生活基盤という課題があったゆえに、その対策として、これらの施策を実施してきた。
その結果、同和関係者の自己実現に一定の成果を上げ、同和関係者の中においてもその生活基盤階層も多様化している。
しかし一方では、生活基盤に関わる条件整備を必要とされている人が存在しているのも事実であり、こうした人々の社会権を保障する施策も必要である。
今後は、このような観点から、それらの施策を必要としている人に対して、必要な施策を実施するという方針に立って、事業を実施する。
(4)助成的事業
社会資本の整備充実がなされていない時代や特定の地域において、緊急的に社会資本の整備を行ったり、特定の事業や制度の育成を行うためには、それらの特定の事業や制度を効果的に実施するための施設や団体の設立を行うことや、それら施設や団体を運営、維持することが必要とされた。
このため従来は、それらの施設や団体の設立、設置、運営等に対して助成を行うことにより、その施設や団体が取り組むそれぞれの課題解決のための事業や業務の充実と育成を図ってきた。
しかし、社会資本整備や制度の充実が図られた現在においては、なお施設や団体の設立、設置、運営を対象とした助成を続けるのではなく、事業や業務の内容に注目し、それらが課題解決に向けた事業等であるか見極めを行い、必要とされる事業等に対して助成を行うことが、必要とされている。
また助成に当たっては、適宜事業実施の執行管理を的確に行うこととし、時代や特性、県民ニーズを見極めながら、常に事業の精査をしなければならない。
(5)教育啓発事業
国際的にも国内的にも差別撤廃と人権確立への気運が高まる中、この同和問題を人権問題の重要な柱として捉え、同和問題の解決に取り組むことによって、あらゆる差別の解消につなげ、あらゆる差別の解消を目指す中で同和問題の解決を図らねばならない。
昭和31年に創設された和歌山県同和委員会については、行政と一体化することにより、同和問題の解決の牽引力となってきた。特に、県・地方・市町村同和委員会という組織体系の中でまさに「県民みんなの同和運動」を継続的に展開してきた。
学校教育においては、同和地区児童生徒の基礎学力の向上などのため同和加配教員を配置し、進路の保障等に取り組んできた。また、教職員の研修を充実し、児童生徒の同和問題についての認識を深めるとともに、部落差別をはじめあらゆる差別を許さない教育を推進してきた。
社会教育では、県民の人権意識の高揚を図り、同和問題の認識を深める自発的、主体的な学習活動を振興するとともに、同和地区の教育・文化の向上を図る自主的な学習活動の支援に努めることにより同和問題に対する県民の理解と認識が着実に深まってきた。
しかし、残念ながら今なお差別事件が発生している状況や、平成12年に実施した県民意識調査によると同和問題の解決は重要であるとの認識があるものの、主体的、積極的に差別をなくすという解決姿勢を取ろうとする人が社会の多数となり得ていない状況等がみられる。
今後、教育・啓発活動については、「人権の世紀」と言われる21世紀において、これまでの取組の成果と反省を踏まえ、同和問題の解決をはじめとして誰もがその人権を尊重されて生きていくことのできる社会を構築していくことが強く求められており、あらゆる人権問題の解決に向けた創意工夫を凝らした教育や啓発活動の発展を図り、市町村や各地域において、県と市町村、各地域や各機関が、ネットワーク作りを図り、人権教育、啓発を総合的、計画的に推進していく。
この人権尊重の社会の構築については、行政はもちろんのこと、その社会を構成する県民自身が主体性をもって取り組むことが何より望まれる。
結び
同和行政の取組については、特別措置法の終了をもって終了・放棄されるものではなく、差別がある限りそれぞれの行政施策の中で同和問題解決の視点と普遍的な基本的人権の尊重という視点にたって今後とも総合的に推進しなければならない。言い換えれば、同和問題を社会問題として捉えると、これまでの取組は同和地区の低位性の解消という「第一段階」であり、新しい時代に沿った「第二段階」つまり、周辺地域を含めた社会と人権を基本に、社会権を保障した総合的な条件整備を行い、個人が尊重される社会づくりへと発展させなければならない。
また、人権の世紀といわれる21世紀において、人権尊重の精神が普遍的な文化として県民に定着し、人権が保障される和歌山県を構築するための基本的な指針としての「和歌山県人権尊重の社会づくり条例」を制定し、県民の人権意識の高揚を図るとともに、県行政施策の実施に当たっては、様々な人権問題を解決するという視点に立って、人権が尊重される社会を構築しなければならない。
こうした観点から県においては、同和問題をはじめ、女性、子ども、高齢者、障害者等の人権問題への教育啓発活動を推進するとともに、人権意識を育む情報発信基地として様々な人権問題に関する情報の集積と人権教育の研究等を行うため「和歌山県人権啓発センター」を県民交流プラザ・和歌山ビッグ愛に設置する。このセンターは、その活動を通じて各種団体と連携を図り、広く人権のネットワークを構築するうえでも、今後人権啓発推進の中核となる。
また、高齢者・障害者・子どもといった対象ごとに策定されている計画との整合性を図りつつ、「地域福祉支援計画」を策定する際にも、個人の尊厳や人権の尊重を基本とした総合的な視点の下に取り組まなければならない。
そして、同和問題の解決は、行政の責務であり国民的課題であるという認識の上にたち、この問題を人権問題の重要な柱として捉え、同和問題の解決に取り組むことによって、あらゆる差別の解消につなげ、あらゆる差別の解消をめざす中で同和問題の解決を図らねばならない。そのためにも、国の人権関係機関、各市町村、各種関係機関等とも連携を図るとともに、県民と一致協力をし、新しい時代に沿った同和行政・同和啓発を展開し同和問題の解決に努めるとともに、従来の成果を損なうことなく、行政や関係機関等がその機能を十分発揮し同和問題の解決を図らねばならない。