平成元年9月 和歌山県議会定例会会議録 第5号(小林史郎議員の質疑及び一般質問)


県議会の活動

 午前十時四分開議
○議長(門 三佐博君) これより本日の会議を開きます。
○議長(門 三佐博君) 日程第一、議案第百三号から議案第百二十一号まで、並びに知事専決処分報告報第十号を一括して議題とし、議案等に対する質疑を行い、あわせて日程第二、一般質問を行います。
 45番小林史郎君。
 〔小林史郎君、登壇〕(拍手)
○小林史郎君 まず、先般来の海外視察の中で感じたことについて御報告申し上げ、これに関連して知事並びに当局の御所見を伺いたいと思います。
 このたびは、知事、議長を初め、各位の御理解のもとにブラジルとカナダへ行ってまいりました。私は障害者の身ですので、皆さんの足手まといになるのではと、海外視察についてはつい憶病になっていましたが、先輩・同僚議員からいただいた励ましの言葉に甘えて初めての体験をさしていただきました。当然、同行の皆さんには大変な御迷惑をおかけしたわけでありますが、その都度、親身も及ばぬ介添えをしていただき、おかげで無事、全日程を終えることができました。ここに、厚く御礼申し上げます。
 初体験というものはすべて新鮮に見えるものですが、このたびは国の外へ出てみて、初めて日本のことがよくわかったような思いであります。
 そこで、今も印象に残っている幾つかの事柄について御報告さしていただきたいと思いますが、何分にもメモをとる習慣がございませんので、単なる耳学問的な印象話の羅列に終わるかもしれませんし、また不正確な、誤ったとらえ方もあろうと思われます。その場合はお許しをいただきたいのであります。
 まず、ブラジルでの印象でございますが、サンパウロ空港におりたとき、そして数日を過ごさしていただく中で何よりも強烈に感じたことは、多民族国家の持っているエネルギーの力強さでありました。およそ人の集まるところでは、黒人、白人、東洋人、現地人、それにそれぞれの度合いに応じたさまざまな混血児が入り乱れていて、しかもそれが混然と一体化した形で生き生きと活動している姿には驚異を感じました。そして、そこには底抜けの明るさがあって、外見的には、全くと言ってよいほど肌の色による差別があるように思えませんでした。特に、さまざまの肌の色合いの人が一つに解け合い、歌って踊りまくるカーニバルの舞台を見たときは、ひとしおこの思いに駆られました。
 このような肌の色による差別がない生の姿の社会に接することは、これまで人権問題にかかわってきた私にとって、まさに新鮮な感動を呼び起こすものでした。部落問題と民族問題とでは本質的に異なっておりますが、ともに人権にかかわる問題であるという点で共通性があります。
 例えば女性の問題でも、サンパウロ空港で私たちの荷物を検査する主任税関の方は女性でしたし、カナダでも、バスやタクシーの運転手に女性の方が多く見られ、これらの多民族国家では、女性の社会的地位は我が国よりも高いという印象を受けました。ということは、肌の色によって差別しないという社会生活のあり方が必然的に人権の平等性を高めていくのではないでしょうか。
 こうした視点に立って今度の視察中ずっと考え続けたことは、多民族国家における民族問題がこれからどのような方向へ発展していくべきかということであります。
 御承知のように、日本の移民は、ブラジルでもカナダでもアメリカでも、昔はひどい差別を受け、塗炭の苦しみを味わいながら働きに働き続け、自分の汗とあぶらと涙の結晶によって今日の地位を築かれたのだと言えます。
 今日、サンパウロ一千二百万人の市民のために必要な野菜の七割以上は日本人移民によって供給されていると言われていますし、案内を受けたサンパウロの日本人街では、鈴蘭灯が輝き、漢字の看板も多く、日本の商店街と見違うばかりのにぎやかさであって、その経済力の大きさを知ることができました。つまり、日系移民がこのようにブラジル国家発展の重要な一環を担うようになるにつれ、その評価が高まり、今では民族的なべっ視などはほとんど受けていないようであります。私たちはこのことを大いに喜ぶとともに、同時に、志半ばにして挫折された多くの移民の方や、現在もその苦労の真っただ中におられる方も決して少なくないということを忘れてはなりません。
 八月二十七日にサンパウロ市で開かれた県人会には、六百人にも及ぶ方々が参加してくれました。会場でお会いした田辺市出身のお二人の方は、「わしらは千二百キロの道を自動車でぶっ飛ばしてきたのだ」と明るく話してくれました。苦しみにつけ、喜びにつけ、いつどんな折にでもふるさとを忘れたことがないようで、こんな機会にこそ、同じ言葉やふるさと文化で結ばれた民族感情が燃え盛ってくるのではないでしょうか。
 サンパウロにはカラオケ喫茶が五十軒ほどあると聞きました。私もその一つに案内してもらいましたが、広い店内がいっぱいの盛況で、演歌が休みなく歌われていました。バンクーバーでも同様のカラオケ喫茶が数軒あると聞きましたが、移民の皆さんのふるさとを思う民族的感情がいかに根強いものであるかを思い知らされたような気がしました。
 しかし、これと反対の方向、つまり民族同化の進んでいる話についても聞かされました。例えば、二世、三世ともなれば日本語を話せない人が断然多くなりますし、三世の結婚においては、日系人同士の結婚というケースはまれにしか見られないということです。
 ピラシカバ市は有田市と姉妹都市関係にありますが、ここに住んでいる同郷出身の吉井チ力さん宅に一晩泊めていただきました。彼は、東京農大卒業後、ブラジルに渡り、現地で農業試験場長を務めていますが、イタリア系の奥さんをもらい、三人のお子さんをもうけています。
 先年、彼は国から派遣されて筑波大学に三年間留学し、本県の果樹試験場にもお世話になったようであります。そのとき、家族も一緒に来ていて、お子さんたちは吉備町の御霊小学校に入学し、日本語を相当話せるようになっていました。それで、吉井さんに、「家での日常会話に日本語を使っているのですか」とお尋ねしたところ、「そうしたいと思うのだけれども、奥さんが十分使いこなせないこともあって、つい便利な使いやすい現地語になってしまう。それで、子供たちもこのごろは、せっかく覚えていた日本語もだんだんと忘れてきているようだ」との答えでした。
 このような多民族国家における二世、三世の間に進行している民族同化の現象は、押しとどめることのできない自然の成り行きであって、むしろ歓迎すべきものでないかと思います。
 そして、吉井さんが印象的にこんな話もしてくれました。ブラジルでの日本人の人口比は数%にしかすぎないが、大学に進学する若者の比率では現在一七%を超えていて、しかも年々高くなる傾向にあるということであります。日本ほどの学歴社会ではないにしても、大学を卒業すれば、当然、国の指導的立場で活躍していくのですから、これからのブラジル国発展の中で日系人の果たす役割は一層に大きくなってくることが十分に考えられます。
 そこで、一つの疑問と申しますか、迷いが起きてくるのであります。それは、こうした多民族国家の同化現象と県人会など日本人としての民族感情を高めるような活動とが矛盾することにならないか、一体この辺をどう理解したらよいのかという問題です。かつて太平洋戦争のとき、カナダやアメリカなどにおいて、二つの祖国を持つことで多くの先輩たちが苦しい思いをされたことを知っているだけに、私にとって一つの疑問でした。しかし、今度の二つの国の訪問を通じ、この疑問が解消できたと言えます。
 ブラジルでもカナダでも、県人会に参加し、いろいろとお世話をしてくださっている方は、一世であっても二世であっても、例外なく、その国においてすばらしく活躍しておられる方々ばかりであります。そして、このような県人会の活動の中心になっておられる方ほど、現地社会からも厚い信頼を寄せられているようであります。つまり、県人会の活動に参加することが同化の妨げになるのではなくて、むしろ反対に、県人会などの活動を通じて日系人共通の文化や伝統への理解を高めることにより、日本的な個性や能力をより現地の人々の中に生かしていきながら、この営みを通じて同化を進めていくことになるのではないでしょうか。そしてこのことが、日伯、日加など、両国の間の親善関係をより発展させるかなめの役割を果たすことになるのだと思います。
 少し横道にそれるかもしれませんが、これから雑談的なブラジルの見聞記を、見たまま、聞いたまま報告させていただきます。
 一番困った問題は、お金の使い方でした。同じ一千クルザードの札でも、新券と旧券では三けたも価値が違い、しかもそれが同時流通しているのですから、買物のときは旧券のゼロを三つとって計算せよと言われても、新券と旧券の見分け方自体がわからないのですから、大変です。それにしても、年間百数十%のインフレとか、終戦直後の日本のように公務員の生活が特に苦しいように見受けられました。
 また、こんな話も聞きました。ブラジルでは、選挙などで一たび政権が変わると、警察署長に至るまで、主な役職にある役人がすべて入れかわるそうで、それで、今の役職にある間に生活の安定を得ておかないとという風潮が強く──事実かどうかは知りませんが、これが公務員の中に否定的現象を多く生み出す要因になっているということでした。また、治安の方も余りよくないようで、アパートなどでは鉄さくで周囲を囲い、守衛を立てていましたし、個人の家でも鉄さくで囲い、中から錠をかけているところが多く見受けられました。
 こうしたことを通して、日本という国はまことにありがたい国だということを自覚したわけでありますが、それにしても、ブラジルという国は若々しくて未来のある国だと思いました。一千二百万人の人口を持つサンパウロという立派な首都を捨てて、原野の中にブラジリアという新しい首都を築くという大事業をやってのけるのですから、内に秘められているエネルギーのたくましさが大したものであることを実感しました。
 リオのカーニバルは余りにも有名です。連日、何十万という人が踊りまくるわけですが、この町全体が観光の町という感じがしました。人工的に拡張したと聞きましたが、本当に広くて美しい砂浜の海水浴場が延々と続いており、そこには、鉄棒あり、ブランコあり、サッカー場あり、屋台店ありで、目に入る範囲の人だけでも優に万を超えているような状況でした。また、朝、目を覚まし、まだ夜の明けやらぬホテルの窓から眺めてみますと、幾人かの市民がジョギングをしたり、鉄棒、体操などをしてこの砂浜のそこかしこで楽しんでいる姿が目につきました。そして、このとき、本当のリゾート開発とはこんな砂浜のことを言うのでなかろうかと思いました。大企業のもうけの対象になるのではなくて、貧乏人も金持ちも、みんな平等に遊び楽しめるものでなければ、本当の意味でのリゾート開発と言えないのではないでしょうか。
 リオのところどころに貧民街的な町並みが目につきますが、「リオのすばらしく盛大なカーニバルも、ここの住人たちがあって初めて実現できるのです」と説明してくれたガイドさんの言葉が妙に印象に残っています。ブラジルでは、リゾートも文化も、底の広い庶民層のエネルギーによって支えられているのだと思いました。
 次に、ピラシカバ市にある州立農科大学を見学さしていただいたときの印象でございます。
 この大学の敷地は四百ヘクタールもあって、その中に林業、畜産からバイテク、農業工学まで、あらゆる専門分野の校舎がゆったりと分立し、研究施設や実習地にも事欠かない様子でした。生徒は五千人に少し足りないということでしたが、教授陣は千人を超えると言われ、生徒五人に一人の先生というこの恵まれた条件は、国の基幹産業として、あすの農業に期待するその意気込みが感じられるようで、大変うらやましく思いました。
 ブラジルは国土が広く、しかも熱帯から寒冷地までと地域差があるため、どんな作物でも一年を通じて生産できると言われ、その主な担い手が日系移民であるだけに、今後、技術交流を深めるならば、ともに大きな利益をもたらすことができると思いました。ちなみに、この農科大学における日系人学生の比率は平均に比べて高いと聞いています。
 先ほど触れましたように、ピラシカバ市は有田市の姉妹都市ですので、市長さんを表敬訪問させていただきました。半年ほど前に現職を破って初当選されたという若い労働党の市長さんでしたが、ジーンズ姿の大変気さくな方で、私は当選間もないので忙しく、訪日できなくて残念だが、ぜひ有田市長さんに来てもらってほしいというメッセージを託されてきました。早速、中本市長さんにお伝えしましたところ、次の市長選挙に当選できれば検討して返事をしたいとのことでありました。
 ブラジルの政治状況では、債務の返済と不況対策、インフレ対策を中心にして民政移行後の初の大統領選挙が争われているようでありますが、この国の選挙では、それぞれの党の政策の優劣が当落に敏感に響くような状況にあるとのことであり、ここにも、あすへの変革の大きなエネルギーが秘められているように思えました。
 先日、木下秀男議員より報告がありましたので、カナダの印象については少しだけ申し上げることにさしていただきます。
 この国は、緑が多くて、落ちついた、大変美しい国でした。特にバンクーバーでは、至るところに立派な花の咲き乱れる公園があって、本当に心の休まる雰囲気でしたし、町並みを通して庶民の生活状況を推察してみても、中国人の進出が目につくぐらいで、それほど厳しい対立と矛盾が噴き出ているようには見られませんでした。お会いした県人会の方も何となく余裕があって、落ちついた感じの方が多かったように思います。
 しかし、工野儀兵衛翁が百年前にこの地でサケ漁業を初めて切り開いたというフレーザー河畔の日本人街や日本庭園に立ってみますと、かつての日系移民の苦労の数々がしのばれ、一瞬、厳粛な思いに駆られました。
 最近、フレーザー漁港では、日系漁民が少なくなっているということでした。その原因について問い忘れましたが、とにかくより安定した仕事の方へ定着されているのだと思えました。
 東部トロントの県人会でも、本当に落ちついた、余裕のある雰囲気で、日加親善のために大きな役割を果たしてくれているであろう、その実力のほどを実感させていただいた次第であります。
 以上、見たまま聞いたまま、感じたままのことを率直に報告させていただき、時間も少々長くなりましたので、質問の方はそれだけ簡潔にしたいと思います。
 先ほど報告申し上げましたように、サンパウロでの県人会には非常にたくさんの方が参加してくれていましたが、どちらかというと一世の方が多く、全体として高齢化の傾向が進んでいるように見受けました。この点、トロントでの東部カナダ県人会では若いお嬢さんが日本舞踊を披露してくれるなど、二世、三世の方の参加が多かったように思いました。
 そこでお尋ねいたしますが、今後、県人会との提携をどう進め、特に二世、三世とのつながりをどう強めていくかなどの点について、知事も現地の状況をよくつかんでくれていると思いますので、御所見のほどを伺いたいのであります。
 続いて、海外技術研修生の問題でありますが、ブラジルでは、医学、コンピューター、農業関係などで研修生増員の強い要望が出されていました。それで、公室長より、この事業の実施状況について、またその成果や問題点があれば御報告願うとともに、受け入れ人数の増員の可能性についてもお答え願いたいのであります。
 次に、五年前のブラジル訪問の後の議会で、知事は、「和歌山県移民史」の補充と移民者名簿の整理について約束されていますが、この機会に、これらの事業が今日どの程度進んでいるのかを御報告願いたいのであります。
 最後に、日高原発の問題で質問いたします。
 今議会一般質問では毎日のように原発問題が取り上げられ、特に日高町長の最近の海上事前調査申し入れをめぐる情勢について論戦が行われました。私も、この論戦に参加させていただくわけでありますが、まず初めに、今回の日高町長の調査申し入れがあたかも区長会有志や商工会の総意に基づいて行われたかのように描き出している当局答弁の不当性を厳しく追及したいのであります。
 新聞報道にもありますように、我が党の日高郡市委員会と日高町支部は、九月四日に日高町長に対して「原発建設を前提とした事前調査申し入れの速やかな撤回を求める」という表題の文書申し入れを行い、九月十二日には、同様趣旨の公開質問状を提出しております。この文書の中で、第一点として、今回の区長会有志から出されたという申し入れなるものは、あくまでも「原発問題に早期決着を」という趣旨であり、決して原発推進を求めたものでないこと、同時に、当然のこととして、これは各区民総会において原発推進を論議した上で決定された意思でもないこと、第二点として、商工会から出された建設促進の要望も、本年五月の商工会総会の場で当面静観することの意思決定をしたばかりであって、急遽、理事会だけでこのような決定を行うことは不自然であり、商工会員の総意でないことは明白であると指摘しています。さらに、これらのこととともに、反対漁協組合員を威圧し、切り崩すためのものとしか考えようのない意識調査を強行しようとする町長の姿勢と考え合わせるならば、区長会有志や商工会理事会によるこの一連の動きは、町長の指導のもとに意図的に仕組まれたものと断ぜざるを得ないのであります。
 私は、この辺のことをよりよく理解していただくために、原発誘致をめぐっての日高町当局と関西電力との癒着関係の実態について、その歴史的経過を大まかにたどってみたいのであります。
 たしか、阿尾地区への原発誘致の問題が初めて日高町議会に提起されたのは、昭和四十二年の六月議会でした。それまでは、この阿尾地区に大信製材を誘致するということで、当時の井上町長が立会人になり、そのための用地買収を完了していましたが、この土地が原発用地として関西電力に転売されたため、原発に反対する阿尾地区住民が約束違反として土地の返却を求める裁判を起こしたことは御承知のことと思います。このような闘いの結果、四十三年十二月議会で阿尾地区への原発誘致は断念されることになりましたが、この土地返還の問題は、七年にわたる長期裁判の末、住民側の敗訴となり、阿尾地区住民は、一戸当たり七万円の訴訟費用のほかに、大信製材側から二億二千万円の損害賠償請求の裁判を起こされる事態となったのであります。しかし、この判決文の中でさえ、安全性に問題があって、地区住民の十分な理解と協力が得られる見通しのないまま原発誘致を進めた町の責任が厳しく指摘されており、まさに阿尾地区住民は、関西電力に奉仕する日高町当局によって重大な犠牲を強いられたのであります。
 この後、原発予定地は同町小浦地区に変更されることになりますが、この用地買収に当たっても、日高町当局は、まるで関西電力の出先機関であるかのような役割を果たしています。
 日置川町でもそうでしたが、ここでも「観光開発」ということで町民をだまして昭和四十五年から用地買収に乗り出し、その土地を一たん井上町長個人名義で登記し、一年もたたないうちに木村商事、藤和不動産などの関西電力関連商社名義に書きかえられています。しかも、この代金支払いを町が代行するため、町長名の別途口座を開設し、代金の支払いには公印を使って収入役が当たり、しかも驚いたことには、その登記事務のために担当職員が北海道やアメリカ、カナダの地主にまで公費を使って交渉に行くというほどのひどい公私混同ぶりであります。もし、この土地を本当に町の財産として買収したのであれば、当然、そのための予算措置をとるべきであり、それがないということは、疑いもなく、この土地買収は関西電力のためのものであることを示しています。
 皆さん、本来、住民福祉を守るための公的機関である地方自治体が、これほど露骨に一企業の利益の守り手になるようなことは許されるでしょうか。かくて、井上町長から一松町長に変わりましたが、日高町のこの体質が引き継がれており、このたびの海上事前調査の申し入れや問題の意識調査も、この癒着体質の典型的なあらわれであると言わねばなりません。
 以上、今度の区長会有志の申し入れの趣旨や商工会決議の泥縄式的なやり方を見れば、また日高町のこれまでの癒着体質について考えるならば、知事や企画部長の言うように、今度の事前調査の申し入れは区長会や商工会の総意を代表したものと到底思えないのであります。むしろ反対に、事前調査への突破口を開くことを目的にして、町長によって周到に準備された計画的で意図的なものであると思います。
 そこで知事にお尋ねしますが、今度の日高町長の事前調査の申し入れは、今もなお区長会有志、商工会の総意によると考えておられるのか。もしそうであれば、その論拠をお示し願いたいのであります。
 次に、原発三原則の地元同意の問題でありますが、これまでの知事答弁によれば、事前調査時は立地町、建設時は隣接町の同意をも必要条件とするということであります。しかし、私は、原発事故の特殊性から見て、地元同意についてこのような格差をつけることが間違いでなかろうかと思うのであります。なぜならば、一度チェルノブイリ原発のような事故が起きれば、その被害が数百キロにも及び、少なくとも三十キロ圏は人の住めない死の町になってしまうことが既に実証されているわけであります。だからこそ、日高でも日置でも、住民は隣接町の原発立地に対して重大な関心と不安を持っているのであって、現に日高地方では、一市二町において原発反対請願署名が有権者の過半数を超えておりますし、白浜町では、この請願書が採択されているのであります。
 御承知のように、行政区は全く原発事故と無関係に引かれた境界であって、行政区が違えば被害が少なくなるという性格のものではありません。その上に、日高でも日置でも、隣接町住民の不安が現実の姿となって噴き上がっているのですから、人権の平等性の立場から言っても、事前調査の段階においても隣接町の同意を求めるのが理の当然だと考えるのでありますが、このことについて知事の御所見を伺いたいのであります。
 以上で、第一回目の質問を終わります。
○議長(門 三佐博君) ただいまの小林史郎君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 小林議員にお答え申し上げます。
 ただいま、小林議員から海外視察の状況並びに質問をいただいたわけでございます。
 小林議員とはカナダでお会いしたわけでございます。小林議員はブラジルから来られて、もう大分疲れておるんじゃないかと思ったのでございますけれども、非常に元気で、体の不自由を克服して研究欲、知識欲旺盛であり、教えられる点が非常にあったわけでございます。
 まず質問の第一点、県人会の今後の取り組みの問題でございます。
 話ございましたように、視察の中でも、県人会に入っておられる方は非常にすばらしい人だ、そしてまた対外的にもほかの人から信用されておる人だという話がございました。和歌山県の県人会が、そのように各地域において信用を得、ますます立派になっていっておるわけでございます。
 現在、和歌山県の県人会は、米国、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ及びメキシコの六カ国で組織されておりまして、そのうちの中南米の各県人会に対しては活動費の助成をさせていただいております。
 また、在外県人会との交流につきましては、お話ございましたように、移住者の一世の皆さんとの交流が中心でございます。しかし、これから二世、三世の方々の活躍の場になってくるわけでございます。これら人の問題において、青少年の交流事業、海外技術研修員の受け入れ事業、また夏休みに県人会と本県高校生との交流等を行うとともに、本県の県人会に対して各種の情報を提供させていただいており、本県とのきずなを深めておるところでございます。
 また、今後の問題として、移住先諸国の州と本県との交流をなお一層深め、そして在外県人会が本県の国際交流の拠点としての役割を果たしていただくよう、一層、連携強化を深めてまいりたいと思っております。
 次に、日高原発の問題でございます。
 原子力発電所の立地に関連する地元からの要望についてでございますけれども、日高町区長会有志から「原子力発電所問題の早期解決を求める要望書」が、また日高町商工会は、総意ではなくて理事会として「電源立地推進要望」が、それぞれ日高町長及び町議会に提出されたということを聞いております。
 次に、原発に関係して、三原則の「地元の同意」の問題でございます。
 地元の同意につきましては、かねてからたびたび申し上げておるところでございますけれども、調査の段階では立地町、建設の段階では立地町及び隣接市町村、それぞれの市町村長及び議会の同意が必要であると考えておるわけでございます。
 事前調査では、環境影響調査及び立地可能性調査が行われ、建設が可能かどうかを判断する資料を収集することとなっております。したがいまして、事前調査の段階にあっては立地市町村の同意で足りるものと判断している次第でございます。
 以上です。
○議長(門 三佐博君) 知事公室長市川龍雄君。
 〔市川龍雄君、登壇〕
○知事公室長(市川龍雄君) 海外技術研修員の受け入れ事業につきましては、ブラジル、アルゼンチンなどの発展途上国から青年を九カ月間受け入れ、進んだ技術を習得し、それぞれの母国の発展に寄与していただくことを目的とした事業でございまして、昭和五十三年度から実施してございます。
 現在までに七十三名の研修生を受け入れ、医学関係、コンピューター技術、写真機械技術などの研修を行うとともに、相互理解と友好親善の推進を図ってございます。
 また、当事業の受け入れに当たりましては、受け入れ先も大変協力的でございますので、研修がスムーズに遂行していると理解をしてございます。
 なお、研修員の増員につきましては、昭和六十三年度から一名を増員いたしてございますが、今後、県人会等の意向を勘案しながら検討してまいりたいと存じております。
 また、本県の移住の歴史についてでございますが、昭和三十二年に発刊された「和歌山県移民史」において詳述されておりますし、昭和四十二年から四十六年にかけて発刊された「和歌山県政史」においても記載されておりますが、さらにお話のありました事項については、現在、編集中の「和歌山県史」の中でも検討してまいりたいと考えてございます。
 次に移住者の名簿につきましては、昭和六十一年度にそれぞれ各国の県人会の協力のもとに再調査を行い、現在活用しているところでございますが、今後ともこれを補充する形で整備をしてまいりたいと考えてございます。
○議長(門 三佐博君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 45小林史郎君。
○小林史郎君 海外視察の問題についてはいろいろと勉強さしていただいたわけでございますが、今、知事から答弁をいただいて特に感じることは、二世、三世の皆さんとどうつながりを深めていくのか、何でつながっていくのかということであり、これが大事な課題ではないかと思います。知事も、この辺に十分留意し、熱意を持ってくださっておりますので、今後とも、そうした点について御研究、御検討されて大きな成果を上げられ、いろんな施策の中で考えていただくことをお願いしておきます。
 次に、原発の問題でございます。
 原発の問題では、大分意見が違います。きのうも浜本議員が比井崎漁協総会の廃案問題について、新聞報道の実態あるいは水協法に基づいて県に報告された議事録から廃案ということははっきりしておるじゃないか、それなのに、採決に至らなかったのだと突っ張る理由があるならば、私の主張を崩すような根拠があれば示せと、再三にわたって迫られたと思います。しかし、当局の皆さん方はこの点についてまともに答えないで、ただ「採決に至らなかっただけです。議長が収拾したのでなしに、組合長が『廃案』と言ったんです」というようなことを繰り返すのみでございました。
 先日の森議員に対する知事答弁では、「区長会有志」あるいは「商工会の総意に基づいて」と言われたように記憶しておったので、総意ではないということをいろいろ申し上げさしていただいたわけです。それでも、やはりそうした立場に立って──私は、町長が住民の立場に立つように知事としての考えを示せと言うのではないのですが、町長を擁護するような立場の答弁に終わっておるように思います。
 また、二番目の地元同意の問題についても、事前調査は白紙の状態で、建設するかどうかわからないと言いますけれども、実際問題として、建設を前提にして事前調査が行われることは、これはもう否定できない事実だと思います。そして、今までの例では、事前調査をやってここがだめだったからもうやめたというところは、日本ではないんじゃないかと思います。
 現実に白浜町議会では、日置川に原発をつくってもらったら困るという決議が採択されておる。御坊市でも、美浜町でも、由良町でも、有権者の過半数の請願署名が上がっている。こういう現実を見た場合に、もし知事が本当に県民の立場に立ってくれておるならば、事前調査で、最低、隣接町の議会の同意を得るという歯どめをかけて、安全性について慎重に対処するという姿勢があってしかるべきだと思うわけですが、既に原発立地へ道を開くことを一貫して考えておられるようです。廃案問題の扱いにしても、あるいは事前調査の町長の申し入れに対する見方にしても、そういうことがはっきり出ておると思います。
 この点について、先輩の森議員さんから、この前、知事の「廃案を認めない」という態度は日高町長と一体の立場ではないかというような指摘があったかと思うわけですが、私もそう思うのであります。
 知事は、原発三原則で、客観的な立場に立っておられるようなことを常に言われるわけですが、こうした一連のことから申し上げますと、どうも日高町と同じような原発推進の立場に立っておられるような──比井崎漁協の総会のときですか、「原発の一つや二つつくってもいいんと違うか」という発言をされたこともありますけれども、本心は、原発推進の立場にあるような感じがするわけでございます。
 ここで、日高町と全く同じような立場に立っておられるのか、あるいは本当に客観的に県民の動向を中心にして考えていく立場に立っておられるのか、その点を明確にしていただきたいと思うわけです。
 以上で、再質問を終わります。
○議長(門 三佐博君) 以上の再質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 小林議員にお答え申し上げます。
 原発の取り組みについて、日高町長と同じ立場かということでございます。
 私は、毎回申しているように三原則を重点としておりますから、日高町とは違うわけでございます。私は県民の長でございますから、県議会並びに県民の皆さんの意見を十分反映させて仕事をやらしていただくという立場でございます。
○議長(門 三佐博君) 答弁漏れはありませんか。──再々質問を許します。
 45番小林史郎君。
○小林史郎君 最後に、要望だけ申し上げておきます。
 今の答弁を本当に身をもって実践していただきたいということをお願いいたしまして、私の再々質問を終わります。
○議長(門 三佐博君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で小林史郎君の質問が終了いたしました。

このページの先頭へ