平成28年12月 和歌山県議会定例会会議録 第3号(全文)


平成28年12月 和歌山県議会定例会会議録

第3号(全文)


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平成28年12月
和歌山県議会定例会会議録
第3号
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議事日程 第3号
 平成28年12月12日(月曜日)
 午前10時開議
 第1 議案第226号から議案第249号まで並びに諮問第1号(質疑)
 第2 一般質問
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会議に付した事件
 第1 議案第226号から議案第249号まで並びに諮問第1号(質疑)
 第2 一般質問
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出席議員(42人)
 1番 堀 龍雄
 2番 中西峰雄
 3番 森 礼子
 4番 立谷誠一
 5番 前芝雅嗣
 6番 浅井修一郎
 7番 井出益弘
 8番 宇治田栄蔵
 9番 秋月史成
 10番 川畑哲哉
 11番 泉 正徳
 12番 濱口太史
 13番 花田健吉
 14番 尾﨑太郎
 15番 尾崎要二
 16番 中村裕一
 17番 鈴木太雄
 18番 岩田弘彦
 19番 藤山将材
 20番 服部 一
 21番 冨安民浩
 22番 吉井和視
 23番 中本浩精
 24番 中 拓哉
 25番 山本茂博
 26番 岸本 健
 27番 谷 洋一
 28番 新島 雄
 29番 岩井弘次
 30番 多田純一
 31番 片桐章浩
 32番 藤本眞利子
 33番 浦口高典
 34番 山下直也
 35番 山田正彦
 36番 菅原博之
 37番 谷口和樹
 38番 奥村規子
 39番 雑賀光夫
 40番 松坂英樹
 41番 坂本 登
 42番 長坂隆司
欠席議員(なし)
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説明のため出席した者
 知事         仁坂吉伸
 副知事        下 宏
 知事室長       宮﨑 泉
 危機管理監      和歌哲也
 総務部長       浦上哲朗
 企画部長       髙瀨一郎
 環境生活部長     日吉康文
 福祉保健部長     幸前裕之
 商工観光労働部長   岡本圭剛
 農林水産部長     鎌塚拓夫
 県土整備部長     森戸義貴
 会計管理者      岩橋良晃
 教育長        宮下和己
 公安委員会委員長   大桑いく嗣
 警察本部長      直江利克
 人事委員会委員長   守屋駿二
 代表監査委員     江川和明
 選挙管理委員会委員長 上山義彦
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職務のため出席した事務局職員
 事務局長       上坊 晃
 次長         西原龍也
 議事課長       中谷政紀
 議事課副課長     浜野幸男
 議事課課長補佐兼議事班長
            長谷哲生
 議事課主任      保田良春
 議事課主任      岸裏真延
 議事課主査      浅田晃秀
 総務課長       糸川 徹
 政策調査課長     中口 匠
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  午前10時0分開議
○議長(浅井修一郎君) これより本日の会議を開きます。
 日程第1、議案第226号から議案第249号まで、並びに諮問第1号を一括して議題とし、議案等に対する質疑を行い、あわせて日程第2、一般質問を行います。
 41番坂本 登君。
  〔坂本 登君、登壇〕(拍手)
○坂本 登君 皆さん、おはようございます。議長のお許しをいただきましたので、質問をさせていただきます。
 今回、私は、2つの遺産について質問し、当局のお考え方をお伺いするものであります。
 最初の遺産は、さきに私が提案し、当局も一生懸命取り組んでいただき、ついに登録までかち取った世界農業遺産についてであります。
 みなべ・田辺地域の梅を対象とした世界農業遺産の登録は、一般の世界遺産の登録ほどインパクトは大きなものではありませんが、私は、この一連の作業を通して2つの確かな手応えを感じ取っております。
 1つは、梅の生産、加工、販売に係る生産者側の心の変化であります。
 世界農業遺産の登録は、産地に大きな自信と誇りを植えつけました。人間誰しも、自分の仕事や取り組んでいることが他人に認められればうれしいものであります。ましてや、それが世界的に評価され紹介されれば、なおさらであります。
 関係者は、これまでも梅の栽培が県農業の基幹をなし、加工・流通業者も地域に根づいた産業として自信を持って取り組んできました。今回はそれに加えて、誇りというかけがえのない勲章を手にしたことになります。一段と飛躍した、大きくなった新たな取り組みが始まるものと期待に胸膨らませる思いでございます。
 2つ目は、梅に対する認知度の効果であります。
 登録作業を通しての報道、登録後の各種メディアを通しての情報量は、自分たちが日本国中張って回るポスターの数万倍の宣伝効果をもたらしました。世界農業遺産登録決定の情報は、瞬時にして世界中に発信され届けられました。梅という果実を知らない人も、梅干しという食品に全く手も触れたことのなかった世界中の人々も、初めて目にするニュースであったと思います。
 梅の持つ健康への認識、食材としてのすばらしさは、これまでどちらかといえば日本人に限定された感のあった梅の需要を一気に地球規模に広げることになりました。もちろん、世界中の人々がみんなこぞって梅干しを食べるわけではありません。食べない国の人もたくさんいることでしょう。しかし、反対に、新しい食材として大きな興味と関心を持つ人々も少なくないことでしょう。世界に開くマーケットが準備されたと、大きな期待を持ちました。
 TPPの議論は予断を許しませんが、大きな流れとしては、我が国農業は、これまでの「自分のものは自分でつくる」という自産自消と国内の消費を対象とした地産地消、海外に積極的に打って出る地産外商の3つの分野が重要な施策、ターゲットになってくることでしょう。これからは、世界に送り届ける梅の箱に世界農業遺産を証するレッテルを張ることができます。世界に安全・安心、そして健康食品としての梅を強調することができます。大きな意味を持ってくると思います。
 梅産業にとって歴史的な節目であったと思いますが、これで満足していてはいけません。より一層の付加価値を高めるべく、梅の持つさまざまな効能を科学的に分析し、証明していかなければなりません。
 幸い、みなべ地域の方々が長年にわたって梅の機能性を科学的に、医学的に分析、証明するため、和歌山県立医科大学の宇都宮先生に研究を依頼してきました。厚生労働省も、この論文に注目していると伺っております。梅の健康に対する機能が明らかになり、これを添付することができれば、私たちは一段と胸を張って、自信を持って世界中に梅を紹介し、お勧めすることができます。これまでの知事初め農林水産部の取り組みに感謝と敬意を申し上げる次第であります。
 そこで質問ですが、世界遺産登録後のFAOへの取り組み、国の動き、県の取り組みなどがいまいち県民の皆様には十分行き届いていないのではないか、十分理解されていないのではないかと見受けられますが、その後の展開はどうなっているのか、そして今後の登録効果をどう生かしていこうとするのか、その取り組みを御説明願いたい。登録後の推移は農林水産部長から、今後の取り組みは知事から答弁をいただきたい。
 続いて、質問2点目として、遺産の2つ目は未来遺産です。
 皆さんは、「未来遺産」という言葉を御存じでしょうか。世界遺産に比べ、知名度はそれほど高くはありません。そこで、未来遺産について、少々のお時間をいただいて、その概要を説明申し上げます。
 公益社団法人である日本ユネスコ協会連盟が主催して、日本全国のすばらしい文化や自然を100年後の子供たちに伝えていこうという取り組みを2009年度より「プロジェクト未来遺産」として展開し、審査・選考されたプロジェクトを未来遺産として登録し、その活動を応援しています。
 もう少し詳しくプロジェクト未来遺産2015募集要項からその趣旨を紹介しますと、「日本の素晴らしい文化や自然は、長い歴史の中で先人たちの知恵や工夫によって育まれてきた、今の時代を生きる私たち日本人一人一人の財産です。その大切な財産を子どもたちへ残し、未来へ向けて文化や自然を守り、継承していく市民の活動が“未来遺産”です。 『公益社団法人日本ユネスコ協会連盟』では、失われつつある豊かな自然や文化を、子どもたちの未来に残そうとする活動を『プロジェクト未来遺産』として登録し、地域から全国へ発信し、日本全体で応援するプロジェクトを推進しています」とあります。
 特別協力者としては、JR東日本とレクサス、住友ゴム工業であり、後援は読売新聞社となっております。
 全国から募集し、西村幸夫東京大学先端科学技術研究センター所長を委員長とする12名の委員さんによって審査・選考されます。未来遺産に登録されますと、ユネスコ連盟のホームページや各種広報媒体を通して活動を紹介、応援してくれるほか、幾らかの活動支援金も準備されていますが、それよりも私が期待することは、各団体や地域が未来遺産としての活動に参加しているという誇りと自信を持って日々の活動につながっていけるのではないかという点であります。
 平成21年に第1回の未来遺産が登録され、以来7回、合計57の地域が登録されていますが、その第1回目に海南市の孟子不動谷生物多様性活性化プロジェクトが認定され、3回目には田辺市の天神崎の活動が登録されています。この2つの概要を説明し、この例を通して、未来遺産とはどういう趣旨であり、どういう活動なのかをざくっとイメージしていただきたいと思います。
 まず、海南市の例です。
 申請した団体は、特定非営利活動法人自然回復を試みる会・ビオトープ孟子です。場所は海南市の北部に当たり、和歌山市や旧貴志川町と境を接する里山であります。
 休耕田を復元し、周辺の山林と一体となった里山を整備することにより、生物にとっての自然環境を整え、さまざまな生物を育んできています。その後、子供や学生たちの環境学習の格好の地域となっております。申請書には、「薪炭林の活用と自然農法による稲作を通じて、孟子不動谷の生物多様性豊かな里山・里地を活用し、保全する」とうたっております。
 第3回の未来遺産として、田辺市天神崎の天神崎の自然の維持と環境教育の推進プロジェクトが登録をされております。天神崎は、皆さん御存じのとおり、我が国ナショナルトラスト発祥の地であり、海岸、磯辺の海洋生物の多様性でよく知られた地域であります。
 団体名は公益財団法人天神崎の自然を大切にする会で、天神崎一帯の森林を中心に保全に努め、海岸や海底の清掃活動、自然観察教室や自然学習の実施などが評価されております。
 未来遺産の説明が長くなりましたが、私の今回の提案は、アカウミガメの産卵する千里の浜の未来遺産に向けての挑戦であります。
 千里の浜とは、紀伊水道に面してみなべ町目津崎から北西に弓状に広がる約1.3キロメートルの海岸であり、奥行きは広いところで60メーター、狭いところで20メーターと、とりたてて大きな砂浜というわけではございませんが、特徴は、白い砂、そして、これまでほとんど人工の手が入っていないという自然環境であります。背後には千里梅林が白い浜を挟んで青い海と見事なコントラストを描いていますが、浜に明かりが漏れることはありません。手つかずの白砂青松の海岸には、古くからウミガメが産卵にやってきました。
 1990年、鹿児島に全国からウミガメに関する調査研究や保護活動家が80名集まり、ウミガメに関する第1回日本ウミガメ会議が開催されました。その際、この会議の会議録という形で全国の産卵場所が紹介されています。屋久島や徳島県日和佐などと並んで、全国12カ所の産卵地に和歌山県千里の浜が紹介され、全国的にも古くから注目されていたウミガメの産卵場所であることがわかります。昭和39年には、ウミガメ産卵地として県の天然記念物に指定されています。
 では、この千里海岸がどういう地形か、魅力は何か、振り返ってみたいと思います。
 千里の浜は、「枕草子」に、「浜はそと浜、吹上げの浜」「千里の浜こそ広う思いやらる」と歌われた古くからの名所であったことがうかがわれます。
 熊野詣での時代に入り、千里の浜には千里王子社が置かれ、熊野を目指す参詣者がそれまでの山の中の道から初めて白砂を踏みしめた道中でした。海を見る機会の少なかった京の人々は、初めての白い砂利道、紺碧の海、潮風の香りに驚き、喜びと感激を体中で感じたに違いありません。近年は千里梅林として知られ、春を告げる梅の花と香りは大勢の観光客を呼び込んでおります。平成27年9月24日、吉野熊野国立公園として編入されました。
 さて、この千里の浜に毎年5月中旬から8月中旬にかけて、たくさんのアカウミガメがはるか東シナ海から産卵に訪れます。親亀は、日が沈み、浜辺が夕闇に包まれるころから明け方にかけて上陸し、砂浜にはい上がり、40~50センチの穴を掘り、重さ30から35グラムの球形の卵を1回に100から120個ほど産卵します。周りの砂で穴を埋め終わった親亀が大きく息をついて海に戻っていくまで、約1時間半から2時間の産卵風景であります。一度産卵した親亀は、約2週間の間隔を置いて、再び同じ浜において産卵することが確認をされております。
 浜辺に産み落とされたアカウミガメの卵は2カ月程度でふ化し、生まれた子亀は、夕方から明け方にかけて長い旅に向けて海に帰っていきます。ふ化直後の子亀は、体長約7センチ、体重約20グラム、2年から3年かけて太平洋を越えてメキシコ付近に渡り、20年ほどたってから再び産卵に戻ってくると言われております。途方もない大航海ですが、その後も親亀たちは今度は東シナ海付近へ回遊し、産卵シーズンを迎えると再び日本へ向かうと考えられています。
 ウミガメの産卵では屋久島が有名ですが、本州では千里の浜は産卵の密度が最も高いそうであります。
 国内のアカウミガメは、近年、周辺地域の開発や環境汚染などにより上陸数が激減し、今では絶滅危惧種に指定され、ジャイアントパンダと同じぐらい貴重な生物となっております。未来遺産は、対象となる貴重な自然環境とともに、それを保護、保全、継承していこうとする市民活動などの支援といった両面からの審査・評価がされます。
 ウミガメの産卵を見守る調査、保存、保護の取り組みについて申し上げたいと思います。
 1980年代初め、地元中学校の理科の先生であった上村修さんが千里の浜に上陸するアカウミガメに関して、上陸数や産卵個数などの本格的な調査を開始し、その後、後藤清さんを加えて、お2人で南部町ウミガメ研究班を立ち上げ、ともに活動されました。
 1990年代に入り、京都大学農学部・坂本教授のゼミが研究のため現地に入り、後藤先生とともに調査を始めました。現在、ウミガメ協議会の会長である松沢さんもそのゼミの一員でありました。2000年に京都大学の調査が終了し、その後はNPO日本ウミガメ協議会が引き継ぎました。
 2004年、旧南部町と旧南部川村が合併、新しいみなべ町発足とともに青年団組織も新しく青年クラブみなべとしてスタート、初代会長の中早さんを中心に、青年クラブの活動の一環として、後藤さんやウミガメ協議会が行っていたウミガメの保護・調査活動に本格的に参加することになりました。
 その後、2014年、後藤さんが健康上の問題と御高齢のため一線から引かれ、ウミガメ研究班の活動を青年クラブに引き継ぎ、保護活動、調査活動の傍ら、青年クラブ員ら後進の指導に当たっております。
 全国的にこうした調査や保護・保存活動に携わる人材の不足が憂慮されている状況にあって、20代から30代の若い世代が中心となって活動を続けている地域は希有と聞いております。2005年にはこの取り組みが「日本青年団新聞」に大きく取り上げられ、1面に「ウミガメの浜よ永遠に─命託される仲間で守る─」とのタイトルで全面紹介されております。
 現在、ウミガメパトロール活動は、青年クラブみなべのメンバーやNPO日本ウミガメ協議会から派遣される学生らで構成され、各班約10名、8班交替で、6月下旬から8月初旬までほとんど毎晩、夜を徹して行われております。青年クラブみなべは、平成17年度から本格的にこの活動に参加、夜9時から11時までを受け持ち、1班数名、計6班、毎年約30名のメンバーが浜辺を巡回、アカウミガメの上陸や産卵状況などの調査、保護に当たっております。
 1981年から始まった30年間にわたる千里の浜へのウミガメ上陸・産卵回数記録によりますと、最も多かったのが1990年の上陸回数900回、産卵回数328回、最も少なかったのが1998年の上陸回数69回、産卵回数29回と記録をされております。
 亀の産卵は夜間に行われ、卵が海水につかると死んでしまいます。そのため、親亀の産卵場所は高潮線よりも上の砂地を選ぶといいます。音やにおい、光に敏感で、少しでも危険を感じるとすぐ海に戻ってしまうとも言われております。
 年によって、生まれる子亀の多いときもあれば少ないときもあります。その原因としては、砂浜が痩せてきたことや、台風や高波などにより砂浜全体が冠水するといった環境の変化も考えられます。
 また、ここ10数年前から、タヌキやアライグマによって卵を食べられてしまうという被害も起こってきました。平成22年、これを知った洗剤や歯磨きで有名な大手メーカー・ライオン株式会社がステンレス製の防護柵をつくってくださり、同社の社員やボランティアの皆さんが協力して設置してくれました。被害が激減し、後藤清さんもその効果に「感謝、感謝」とのことでありました。
 せっかく生まれた子亀も、鳥や魚の餌食になることが多く、親亀までうまく成長できるのはごくわずかです。千里の浜で産卵される卵のうち親亀まで成長するのは1匹から2匹程度とも言われております。
 加えて、最近は、浜辺に打ち上げられる海藻が少なくなり、かわってごみくずや空き瓶、空き缶などの散乱が目立ってきています。また、夏場になると昼夜問わず訪れる観光客がふえ、中にはキャンプ禁止の立て札を無視して夜明けまでレジャーを楽しむ人々もふえ、このような環境の悪化がウミガメの産卵に少なからず影響を与えているのではないかと懸念をしているところであります。
 もちろん、ウミガメの産卵は大きな観光資源であり、毎年このシーズンになりますと、新聞やテレビで全国各地の様子が紹介されます。みなべ町の千里の浜にあっても同様であります。しかしながら、ウミガメの産卵という貴重な自然現象は、今日の私たちが何が何でも守り抜かなければならない自然の豊かさを象徴する生態系であります。
 みなべ町にあっても産卵への影響が懸念されることから、地元の保全団体・みなべウミガメ研究班の皆さんが中心となって、観察は許可制とし、亀が上陸し、産卵のための穴を掘るまで、そして産卵後、海に戻っていく、こうした場面まで観察を禁止しております。砂浜に掘った穴に産卵し、その穴を埋め戻す場面は観察ができることになっていますが、その際にあっても、ライトを当てたり大きな声を出したりしないよう、できるだけ遠くから観察するようになどの指導を厳しく行っているところであります。
 自然保護と観光振興、その共存共栄は、いつの時代でも、どこの地域でも大変難しいテーマでありますが、ウミガメの産卵するときの、うれしいのか、苦しいのか、またまた恥ずかしいのか、あの涙を見ていると、私たちはやはり全てを超えてこの環境を保護・保存しなければならないという決意をする次第であります。ウミガメの産卵する環境を守り伝えていく、今を生きる私たちが何が何でもやり抜かなければならないテーマであると決意する次第であります。
 千里の浜にこれからも尽きることなくウミガメが訪れ産卵し、子亀が大きくなってまた千里の浜を訪れる、100年後の子や孫たちが目にするであろうこの光景は、私たちが今、何を決断し、何を行動すべきかにかかっております。千里の浜の手つかずで残された白砂青松のこの貴重な自然環境を保護・保全し、ウミガメの産卵という神秘的で神々しいこの貴重な生態を未来遺産として認定・登録し、後世への私たちの自然の贈り物として、はやりの言葉で言えば「レガシー」として残していこうではありませんか。
 既に屋久島では、NPO法人により屋久島うみがめ館が整備され、運営されています。また、三重県でも、紀宝町にウミガメ公園を整備し、ウミガメの飼育や展示を行っております。千里の浜においてもこうしたさまざまな取り組みが考えられますが、私は、ここは一番、じっくり慎重に取り組むことが大切ではないかと考えております。
 神代の時代から続いてきたこのかけがえのない貴重な自然資源をどういう方向で取り組み、どう整備、活用すればいいのか、どうすればこの貴重な自然が守られ、観光と共存することができるのか、地域振興に資することができるのか、広く専門家の知識をおかりし、地域の方々の声を聞き、後世に恥ずかしくない歴史を引き継ぐ覚悟で取り組んでいく姿勢が大切なのではないかと思っております。
 未来遺産の登録が実現されれば、それを契機に千里の浜ウミガメプロジェクトを立ち上げ、和歌山県の魅力、名所をもう1つつくり上げていきたいと希望に夢膨らませております。ウミガメが産卵する千里の浜を日本の未来遺産へという提案に対する知事の感想と所見をお伺いする次第であります。
 以上で、私の最初の質問を終わります。
○議長(浅井修一郎君) ただいまの坂本登君の質問に対する答弁を求めます。
 知事仁坂吉伸君。
  〔仁坂吉伸君、登壇〕
○知事(仁坂吉伸君) まず、世界農業遺産の関連で、これからの取り組みということで申し上げたいと思います。
 世界農業遺産への認定が実現して1年が経過いたしました。御提案をいただいた坂本議員を初め、地域の皆様から厚い御支援をいただきまして認定できましたことを改めて感謝申し上げたいと思います。議員お話しのように、地元の方々が大きな自身と誇りを持たれていることは大変喜ばしく、また、自産自消、地産地消、地産外商の3つの分野が重要という話も全く同感でございます。
 みなべ・田辺の梅システムは、江戸時代から約400年続いた循環型農業システムでございまして、まさに世界に誇れるものであると考えております。このみなべ・田辺の梅システムを今後も継承していくことは大変重要でありまして、地域の皆様と力を合わせて世界農業遺産の取り組みを進めてまいりたいと思います。そうすることで梅農家の所得向上もできれば図られ、それによって後継者も確保され、そして地域経済の活性化、観光振興、そういうものにつながっていくものと考えております。
 私は、こうした考えから、ことし6月に世界農業遺産活用による地域振興アクションプランを策定したところなんですが、これを着実に実行してまいりたいと思います。
 せっかくの世界農業遺産も、登録はスタートでございます。ゴールではございません。これをいかに活用していくかということが大事でございますが、登録後、ちょっと当県のフォローアップが他県に比べて少し気の緩みがあるのではないかというふうに、県庁内の議論でございますが、そういうようなことも少し議論したところもございます。地元の方々とも協力して、どんどん行動していきたいというふうに考えております。
 1つのアイデアですが、パンチをもう一度つけないかんと。何度もつけないかんのですが、大きな梅製品の物産展、これとあわせた大きなシンポジウムを東京など発信力のある大消費地で行うことも一案ではないかと個人的には思います。また御相談したいと思います。
 その次に、ウミガメが産卵する千里の浜の件でございます。
 いつもながら、坂本議員には目を開かされる思いがいたします。私も、孟子谷の活動とか、あるいは、もうずっと昔からの田辺の天神崎のナショナルトラストとか、そういうものについては非常に高く評価をしていたんですが、これにウミガメの千里の浜がいけるというふうにはちょっと思ってなかったもんですから、これはいいことをお聞きしたというふうに思っております。
 このプロジェクト未来遺産は、日本のすばらしい自然や文化を守り、子供たちの未来に残すため、市民が主体となって取り組む活動を登録し支援する事業として、草の根的に取り組むさまざまな活動を応援するものであるというお話は、坂本議員の御指摘のとおりでございます。
 みなべ町の千里の浜は、私も車窓から、あるいは近くへ寄ってよく拝見いたしますけど、本州で最もアカウミガメの産卵密度の高い砂浜として知られ、議員御指摘、御説明のとおり、南部町ウミガメ研究班が京都大学やNPO日本ウミガメ協議会などの協力を得ながら長年にわたり調査・保護活動を続け、青年団を中心とする若い世代へと引き継がれているということは、いわば自然環境保護活動の模範ともいうべきものであると思います。これまで活動に携わってきた多くの方々の御努力に敬意を表するものでございます。
 この活動をさきに述べた御指摘のプロジェクト未来遺産へ登録するという御提案につきましては、本県の自然環境保全の推進にとってまことに貴重な御提案であると考えます。登録申請は地域の団体が主体となって行わないといけませんので、地元一丸となって取り組んでいただき、それを県は担いで走ってみたいというふうに思っております。
○議長(浅井修一郎君) 農林水産部長鎌塚拓夫君。
  〔鎌塚拓夫君、登壇〕
○農林水産部長(鎌塚拓夫君) 世界農業遺産登録後の推移についてでございますが、先ほど知事からの答弁にもありましたが、県では、本年6月に策定した世界農業遺産活用による地域振興アクションプラン2016に沿って、これまで梅の販売促進、観光振興、システムの継承者の育成、国際貢献の4つを柱に、具体的に取り組みを行ってまいりました。
 梅の販売促進では、消費者に世界農業遺産のすばらしさと梅が持つ機能性を理解していただき、梅の付加価値向上につなげていくためのPR活動を展開してまいりました。
 一例を申し上げますと、全国シンポジウムの開催や東京スカイツリーなど首都圏集客施設でのPR、世界農業遺産国際シンポジウムやツーリズムEXPOジャパンへの出展、国内外での物産展でのPRのほか、各種メディアを通じたPRなど、積極的に展開してまいりました。
 また、観光振興の面では、世界農業遺産の要素である地域資源の循環システムや景観、文化などを新たな観光資源として活用するとともに、熊野古道など既存の観光資源とも組み合わせて地域の魅力を知ってもらうこと、地域に来ていただくこと、そして地域で農産物を消費していただく取り組みを行ってまいりました。
 地域の魅力を知っていただくため、観光情報誌等への掲載や首都圏集客施設でのPR、地域に来ていただくための魅力的なモデルコースの作成などに取り組んでおります。また、集客施設や宿泊施設での梅干しの試食や梅ジュースの試飲イベントを実施し、消費拡大を図ったところでございます。
 システムの継承者の育成については、国際連合大学と共同で、地域の皆さんを対象に世界農業遺産の保全、活用についてのワークショップを開催し、世界農業遺産に関する知識をより深めていただくなど、地域のリーダーの育成に取り組んでいます。
 国際貢献については、本年度はアフリカや東南アジアからたくさんの研修生を受け入れ、農業や梅加工の実習などを初めとした体験、農家民泊などの取り組みを支援し、地元の若者たちとの交流を通じ多くのことを学んでいただくとともに、地域の魅力のPRにつなげることができました。
 世界農業遺産を活用した梅産業や地域振興のための取り組みを、引き続き、県としましてもより積極的に推進してまいりたいと考えてございます。
○議長(浅井修一郎君) 答弁漏れはありませんか。
  〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(浅井修一郎君) 再質問を許します。
 坂本 登君。
  〔坂本 登君、登壇〕
○坂本 登君 知事並びに農林水産部長から答弁をいただきました。ありがとうございました。
 世界農業遺産、ウミガメに関する未来遺産、両方とも積極的ないい答弁をいただいたと思っていますが、重ねて何点か要望を申し上げたいと思います。
 まず、世界農業遺産についてであります。
 世界農業遺産の登録効果は、単に梅農家の所得向上にとどまることなく、この和歌山県の日高地方が梅という世界でもまれな農産物を栽培し、梅林という景観をつくり出し、梅加工や、全国あるいは海外にまで販路を有する一大産業をつくり上げてきたことを考えれば、言ってみれば梅コンビナートとも言うべき総合的な観点、地域を丸ごと捉えた対策が必要であろうと思っております。特に今後は、海外への販路拡大がこれまでに増して重要なテーマになってくると思っています。
 前回の質問でも申し上げましたとおり、梅は健康食品であるという世界共通のキャッチフレーズを前面に押し出し、販売戦略の展開を強く要望するものであります。
 次に、ウミガメに関する未来遺産についてであります。
 未来遺産への具体的な申請業務は、質問でも触れましたように、青年クラブみなべが行うこととなると思います。彼らは、これまでもウミガメの調査や保護に関する積極的な取り組みを続けてきておりますので、その実態や重要性については十分理解し、把握しております。知事の答弁にもありますように、県としても彼らの活動をできるだけ支援し、協力してあげていただきたいと思います。強く要望しておきます。
 それから、これは先の話になりますが、仮に未来遺産への登録がうまく進んだときには、質問でも触れましたが、このことを起爆剤として、ウミガメの保護・保存と地域の振興に地元関係者とともに力を合わせて取り組んでいただきたい。このことが千里の浜におけるウミガメの産卵という極めて貴重な自然環境を未来に守り続けていくことにつながっていくものと、かたく信じております。その際は、県の予算措置や人的支援についてもあわせて御協力をいただきますよう重ねてお願いし、私の要望といたします。
 ありがとうございました。終わります。
○議長(浅井修一郎君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で坂本登君の質問が終了いたしました。(拍手)
 質疑及び一般質問を続行いたします。
 39番雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕(拍手)
○雑賀光夫君 議長のお許しを得ましたので、早速質問に入らせていただきます。
 第1の柱は、ため池改修加速化についてであります。
 ため池改修についてお伺いするのは何度目かになります。県のため池改修はレベルアップしてきていることを評価しながら、さらに県民の安全を図っていただきたいと思います。
 最初にこの問題を取り上げたのは、2005年6月県議会、10年余り前のことでした。
 当時、県は、その前年度から3カ年計画で420カ所のため池について耐震診断を実施し始めておりました。ところが、当初、地元で心配の声がある慶権寺池が診断リストに入っていなかった。そこで、ぜひとも診断に加えてほしいとお願いしたところ、海草振興局は、50カ所の診断のトップに慶権寺池を調査してくれたのです。最初の目視による第1次調査には、私も地元の皆さんとともに参加しました。すると、ボーリング調査が必要だということになり、真っ先に改修が実現したわけです。それ以後、危険ため池、耐震診断が必要なため池を選び出すことの難しさということが私の大きな問題意識になっておりました。
 その後、2008年5月の集中豪雨で紀の川筋の松池、桜池という2つの池が決壊寸前という事態が起こりました。この松池は第1次調査だけ、桜池は第1次調査の対象にもなっていなかったのです。
 そして、2011年、今県が取り組んでいるため池改修加速化のきっかけになった愛宕池の全面決壊という事故が起こります。このときは集中豪雨というような雨でもなかった。下流に人家が少ないから第2次診断をしなかったと説明されましたが、ともかく、そんな池が全面決壊した。そこで知事がため池点検の加速化を決断されたことは、評価するものであります。
 そこで、第1に農林水産部長にお伺いいたします。加速化計画の進展状況について御説明いただきたいと思います。
○議長(浅井修一郎君) ただいまの雑賀光夫君の質問に対する答弁を求めます。
 農林水産部長鎌塚拓夫君。
  〔鎌塚拓夫君、登壇〕
○農林水産部長(鎌塚拓夫君) 加速化計画の進展状況についてでございますが、県下には約5500カ所のため池が存在し、農業用水確保のために活用されております。
 県では、平成24年度にため池決壊に対する安全度向上のため、地域の実情に応じたため池改修加速化計画を策定し、比較的規模の大きいかんがい受益面積5ヘクタール以上かつ貯水量1000立方メートル以上の772カ所のうち233カ所について、県が事業主体となり、改修に取り組んでおります。平成28年度現在では49カ所にて改修に着手しており、平成38年度までに233カ所を整備する計画で進めております。
 改修に当たりましては、老朽化が進んでいるため池は全面的に改修し、その他、豪雨対策としては、雨水を安全に流下させるため、洪水ばけを大きくする改修や、地震対策として、堤体にひび割れなどの変状が生じた場合に水位を低下させ、決壊を防ぐ緊急放流施設の設置など、部分的な改修を行っています。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 ありがとうございました。
 私は、改修が必要なため池を選び出すことの難しさということを申し上げました。今お答えいただいた772カ所については客観的な基準で選ばれている。そのうち233カ所を選び出して改修が必要なため池としたわけですが、どのようにして選び出しているのでしょうか。
○議長(浅井修一郎君) 農林水産部長。
  〔鎌塚拓夫君、登壇〕
○農林水産部長(鎌塚拓夫君) 改修を要するため池につきましては、市町村の協力を得て実施しましたため池点検による危険度判定結果や浸水想定区域図をもとに算定したため池下流の想定被害額により、全面改修あるいは部分改修を要するため池対策計画案を取りまとめた後、関係市町村との協議を経て、改修するため池233カ所を選定しております。
 その他のため池におきましても、市町村によるため池ハザードマップの作成の促進や、市町村とともに水利組合などの管理者に対しまして、日常点検や維持管理の重要性などの啓発に取り組んでおります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 このたび、私の地元では、重根新池という池の安全対策について、地元自治会からも要望も上がっています。私も、心配の声をお聞きしたので、地元の友人に誘われて現場に行ってまいりました。友人が草ぼうぼうで大変だよと言うので、そのつもりで行ったのですが、行ってみるときれいに草が刈り込まれています。水利組合が管理してくれている。ただいまの御答弁でも、地元水利組合のこうした管理というものが安全点検のために大事なものだということがよくわかりました。
 友人は、「ハザードマップで説明があったので一気に関心が高まった。県が努力してくれているのはよくわかる。ぜひとも安全対策をしっかりやってほしい」と語りました。その後、地元自治会からの要望書という運びになったようです。
 ハザードマップというものは、まさかのときの避難のためにも、安全への注意喚起のためにも大切なものだと思いますが、ハザードマップの作成はどういう計画で進んでいるのでしょうか、農林水産部長のほうからお答えください。
○議長(浅井修一郎君) 農林水産部長。
  〔鎌塚拓夫君、登壇〕
○農林水産部長(鎌塚拓夫君) ため池ハザードマップの作成につきましては、市町村が事業主体として順次進めており、県は、かんがい受益面積2ヘクタール以上のため池1342カ所の浸水想定区域図を作成し、市町村に提供することにより作成支援をしているところでございます。
 作成状況につきましては、県全体では、平成28年度末で1342カ所のうち942カ所が作成される見込みです。このうち海南市におきましては、平成28年度末で124カ所のうち9カ所、また紀美野町におきましては、52カ所のうち1カ所を作成する見込みであります。
 今後は、両市町を含め、進捗のおくれている市町村に対して重点的に早期のハザードマップ作成を働きかけてまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 今の御答弁で、全県と比べて海南・海草ではハザードマップ作成がおくれていることがわかりました。県でもしっかり督励していただけるようですが、地元でもしっかりお願いしていきたいと思います。
 そして、重根新池の場合、池の下には人家が大変多く、皆さん心配されるのはもっともだと思います。この池の安全対策、改修計画はどうなっているのか、お聞かせください。農林水産部長、お願いします。
○議長(浅井修一郎君) 農林水産部長。
  〔鎌塚拓夫君、登壇〕
○農林水産部長(鎌塚拓夫君) 海南市重根地内にある重根新池の改修については、海南市が事業計画書を策定し、県が行う改修事業として平成29年度新規採択に向けて手続を進めております。事業着手後は、池下流域の安全度向上のため、早期に事業完了するよう努めてまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 来年度から事業に取りかかっていただけるのは大変ありがたいことです。地元自治会の要望も十分お聞き取りいただいて進めていただけるようにお願いしたいと思います。
 続いて、第2番目の柱に行かせていただきます。
 第2の柱は、運動部活動であります。
 6月県議会で中学校の運動部活動についてお伺いしました。あのときは、教育委員会も私と同じ問題意識でおられたと思いますが、大阪体育大学と連携して調査し、有識者会議の意見を聞くということになっておりましたので、何を聞いても調査と有識者会議待ちで甚だ質問しにくいと申し上げました。
 どうやら調査と有識者会議が終わって、その報告書も出されています。調査から明らかになったこと、そして有識者会議からの提言を受けた県教育委員会としての今後の取り組みについて、教育長にお伺いいたします。
○議長(浅井修一郎君) 教育長宮下和己君。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) 中学校の運動部活動につきましては、大阪体育大学の協力を得て実施した実態調査から、9割の生徒が活動を楽しいと感じ、運動部加入生徒は非加入生徒に比べ、生活リズムがよい傾向が見られます。また、約8割の教員が指導にやりがいを感じ、ほぼ全ての教員が生徒の将来に役立つ活動であると答えています。反面、練習日数が多い部に所属している生徒ほど疲れがたまると感じてございます。
 県教育委員会では、本調査結果を踏まえた有識者会議からの提言を受け、1週間のうち1日は休養日を設けるなど、中学生期の発達段階に応じた今後の望ましい運動部活動のあり方を示した中学校運動部活動指針を作成しているところです。
 また、「運動部活動指導の手引」につきましては、本指針の内容を盛り込んだものに改訂し、校長会や研修会等を通じて指導の徹底を図ってまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 運動部活動については、子供にとっては圧倒的に多くの子供が楽しいと言っている、また教育上も大変大きな役割を果たしている、しかし行き過ぎるとさまざまなゆがみを生じると、こういう問題でございます。
 私も、6月県議会で、若いころは若さに任せて土日でも出ていって子供たちと一緒にやったという話をいたしました。大変やんちゃな子供たちの集まった野球部でした。あの子供たちに日曜日は野球部は練習なしにすると言ったら、子供たちはどんな反応をするだろうか。「わえら、野球楽しみで学校へ来てるのに、それを取り上げるんか」、当時私が担当した野球部の子供たちは、そんな物の言い方をしかねない子供たちでした。さらに、「野球部やったらあかんのやったら、日曜日は野上八幡の石段でトレーニングや。野球部と違うぞ。1年生、強制やないぞ。来たい者だけ来い」、大きな3年生ににらまれた1年生は1人残らず野上八幡の石段でしごかれる。私は、駆け出しの教員の時代を思い出して、そんなことも起こるかなと考えました。
 今、やんちゃな子供の話をしましたが、教師だって抜け道を考えかねない、それほど部活動の規制というものは難しいのです。子供たちが楽しみにしているし、そして教育上も大事な役割も果たしているだけに、規制というのは難しい。
 これまでも必要な指導を行ってきているが、なぜ定着しなかったのか。そのことを踏まえた教育委員会の指導の徹底について、教育長のお考えをお伺いしたいと思います。
○議長(浅井修一郎君) 教育長。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) 中学校運動部活動の運営につきましては、教員が生徒の期待や保護者の要望に応えようと熱心に取り組むことや、休みなく練習することが成果につながるとの思いから、休養日や練習時間の設定については定着してこなかったものと考えてございます。
 これらを踏まえ、実態調査の分析により得られた休養日の必要性等の内容を指針に示し、県内の中学校で校長のリーダーシップのもと、保護者の理解を得ながら、確実に実施されるよう、市町村教育委員会や中学校体育連盟と連携し取り組んでまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 私が指導した野球部は、その後強くなり、マナーもよくなり、何回も県大会に出ました。私を助けてくれたのは外部指導者でした。最近、那賀病院にもおいでになった名医として名高いM先生は、私の高校の同級生でした。当時、和歌山県立医科大学の野球部員でした。「雑賀、野球部持ってるんか。助けてやろうか」と言って来てくれた。バッティングピッチャーまでしてくれた。ストライクがきれいに入るから、練習は効率よく進む。そして、友達だから私をちゃんと立ててくれる。
 外部指導者というものは、こんなにうまくいけばいいのですが、子供は外部指導者の言うことを聞くが、先生の言うことを聞かなくなったら最悪です。外部指導者はどんなぐあいに選ぶのか、教育長のお考えをお伺いいたします。
○議長(浅井修一郎君) 教育長。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) 外部指導者につきましては、本年度、県では、中学校の運動部に当該校長及び5市1町の教育委員会から申請を受けた21人を派遣してございます。また、外部指導者には、学校における運動部活動の意義を踏まえた指導を行うよう、運動部活動等推進検討会議を通じて指導しています。
 なお、市町村におきましても、独自に57人の外部指導者が派遣されてございます。
 今後も、運動部活動が学校教育の一環であり、その意義や狙いを十分理解した上で指導できるよう、県及び市町村が連携して外部指導者を対象にした研修会を開催し、指導してまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 この問題は、大変難しい、前から言われていて改善がなかなか難しかった問題ですが、教育長の指導性に期待をいたします。
 第3の柱は、南紀・はまゆう支援学校の統合です。
 南紀・はまゆう支援学校の統合が計画され、パブリックコメントも行われました。先日は、地元西牟婁の県会議員の皆さんと一緒に、私も教育関係者であったというので特別に呼んでいただいて、保護者の皆さんと懇談もしてまいりました。
 はまゆう支援学校は知的障害を中心にした学校ですが、南紀支援学校というのは肢体不自由児の支援学校であります。肢体不自由児というのは車椅子に乗っているのかというと、そういうことだけではありません。足が不自由で車椅子に乗っているというだけなら、普通の小中学校に通うでしょう。さまざまな病気で重複障害を持って、寝たきりの子供が多いのが肢体不自由児支援学校であります。
 先日、私は、県教職員組合の教育研究集会で重度障害の子供にかかわった教育実践を聞かせていただきました。授業風景をビデオに撮っての実践報告でした。
 ベッドに寝たきりの子供に、先生は手づくりの人形を使ってお話をします。子供は言葉を話せませんが、目は人形のほうに向けているのがわかります。そして、時々舌を動かして感情を表現するのです。先生は、「1人で授業をすると人形を動かすのに一生懸命で、舌であらわす感情表現を見落とすんです」と言われました。助言者の先生が舌を動かした感情表現を見つけて、そのとき、「K君、おもしろかったんだね。ありがとう」と子供の手を握ってあげることが大事だと言われました。こんなぐあいに、人と人の交流を通じて子供の発達を支援していく重度重複障害児の教育の一場面を見てまいりました。
 そこで質問ですが、まず第1に、南紀・はまゆう支援学校を統合してどういう支援学校をつくるのでしょうか、教育長にお伺いいたします。
○議長(浅井修一郎君) 教育長。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) 統合校では、みなべ、田辺・西牟婁地域の特別支援教育を牽引する特別支援学校として、肢体不自由教育、知的障害教育、聴覚障害教育の専門性のより高い教育を行ってまいります。
 また、複数の障害に対応する特別支援学校としての専門性を生かし、重度・重複障害など多様な教育的ニーズを必要とする児童生徒への教育や一般就労の促進に向けた職業教育を行い、自立と社会参加するために必要となる力を育む教育を進めてまいります。
 さらに、紀南地方の視覚障害や聴覚障害のある児童生徒やその保護者、教職員への相談体制の充実を図るなど、地域の幼稚園・保育所、小中学校、高等学校を支援する特別支援教育のセンター的機能を発揮する役割を担ってまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 知的、肢体、聴覚の障害に対応する支援学校になるということであります。それなら視覚障害も含めてはどうかと思います。
 紀南からも、視覚障害をお持ちの子供さんが盲学校の寮に入るかどうか迷ったが、余り小さいころから親元を離すのもかわいそうだというので地元の小学校でお世話になり、今では盲学校の寮に入っているというケースをお聞きしたことがあります。そういう子供さんがいらっしゃると思いますが、視覚障害にも対応する学校にしたらどうかと思いますが、いかがでしょうか。
○議長(浅井修一郎君) 教育長。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) 紀南地方における視覚障害教育への対応につきましては、これまでも、児童生徒本人や保護者の意向の確認及び市町村教育委員会との協議を踏まえて、弱視の児童生徒を対象とした特別支援学級の設置や和歌山盲学校による巡回教育相談実施など、専門的な教育を提供できる体制整備を行ってまいりました。
 統合校におきましても、和歌山盲学校との連携をこれまで以上に強め、紀南地方の幼稚園・保育所、小中学校、高等学校に在籍する視覚障害のある児童生徒やその保護者、教職員への相談支援活動を進めてまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 相談支援というふうに言われるんですが、地域の子供たちの状況に応じて十分な対応をできるように、私は、できれば、すぐにそういう子供が入らなくてもいいんですが、必要がある場合には視覚障害の子供も受け入れるというふうにしていただきたいなあと思います。今すぐにそういうふうに答えろと言っても難しいでしょうから、そういうことも含めてしっかりと検討していただけますようにお願いいたします。
 さて、南紀支援学校は古い学校ですから、新しいきれいな校舎になることは結構です。一番大事なことは、どういう教育内容が保障されるかという問題です。一番の問題は人的配置です。
 学校には、校長が1人、そして教頭を含む教員が何人というふうに基準に沿って配置されています。南紀支援学校、はまゆう支援学校はそれぞれ教員が配置されているわけですが、教育長にお伺いしますが、現在の生徒数がそのままで新しい学校に統合された場合、少なくとも現行どおりの教員数が配置されるのでしょうか、お答えください。
○議長(浅井修一郎君) 教育長。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) 統合校の教職員数につきましては、児童生徒の主たる障害の種別、児童生徒数及び学級数等により国の基準で算定した場合、必然的に減ることになりますが、今後、南紀支援学校及びはまゆう支援学校を初め関係する方々の御意見を踏まえ、統合校での教育が充実したものになるよう、定数の確保に努めてまいります。
 また、国に対しても、いわゆる定数法のさらなる改善について要望してまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 教育長は、国の基準で算定した場合に必然的に減るというふうにお答えになりました。定数法どおりだと、10数人教員が少なくなるんだそうです。私も初めは信じられませんでした。小さい小学校であれば、1クラスの生徒数が10数人の6学級の小学校が2つ統合しても、1クラス20数人のやはり6学級の小学校になる、こういう場合だったら大幅に教員数が少なくなることはわかります。しかし、支援学校の場合はそうではないと思っていたわけです。
 なぜ少なくなるのか。よくよく聞いてみますと、南紀、はまゆうが統合すると児童数が多い知的障害の支援学校というふうにみなされて、知的の支援学校の基準で教員が配置される。だから、肢体不自由児の南紀支援学校に手厚く配置されていた教員は減らされてしまう。全く不合理なことだと思います。もちろん、10数人という全てがそういう要因ではありませんで、そのほかにも統合にかかわるさまざまな要因で教員数が減らされる。
 教育長は、国に対してこの不合理の是正を要求するとともに、県段階でも財政当局にしっかりと働きかけていただきたいと思うんです。
 パブリックコメントを読ませていただきましたが、教員定数確保という要望が大変多いんですが、教育委員会の説明を見ると、教員数が減りますとはなかなか書いていませんで、それが読み取りにくい。とにかく減らないとも書いてないけれども、しかし、心配ないようにやりますということだけ書かれている。これは、教育委員会としても、子供のことを心配している保護者の方に本当のことを言ったら、実際は10数人減るんですと言ったら不安を与えるんではないかという心配をして、そういうわかりにくい言い方をしているのかもしれません。
 しかし、それはとんでもないことだと思います。本当のことを語って、文部科学省にも、そして県の財政当局にも、教育水準を落とさないためにぶつかっていくという姿勢を示すことが保護者の信頼を得ることになるんではないかということを申し上げておきたいと思います。
 そして、次へ行きますが、問題は教員数だけではありません。給食調理員は、南紀では4人、はまゆうでは5人、現在は9人です。南紀支援学校では、給食の再調理がきめ細かく行われているとお聞きしました。食べ物をペースト状に──再調理と言うんだそうですが──するんですが、何でもペーストにすればいいということでなく、子供の状態に応じた調理がされているとお聞きしました。この水準を維持するために何が必要ですかとお聞きしましたら、調理員の人数とともに、調理室の中に特別な再調理できるスペースが欲しいというふうに言われた方もいました。
 寄宿舎についても、統合にはさまざまな現場でないとわからない問題があると思います。
 そういう問題を踏まえて教育長にお伺いいたします。新しい学校づくりについて、保護者の意見もよく聞き、学校現場の声が反映するようにどうしていくのかをお聞かせください。
○議長(浅井修一郎君) 教育長。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) 県教育委員会では、これまでも、両校の保護者や教職員、地元関係者等に対して、統合校の内容や特色、今後の進め方について説明を行い、御意見等をいただいてまいりました。また、9月には統合の概要について県民意見募集を行い、10月には質問内容の概要と県教育委員会の考え方についてホームページ上に掲載したところです。
 統合の準備に向けては、今後、両校合同で設置する保護者等を含めた検討委員会と県教育委員会で十分な意見交換を行いながら進めてまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 一番手厚い保護、教育が求められる子供たちの教育を、基準だ、法定数だ、仕方がないと切り捨てることがないようにお願いをしておきたいと思います。
 では、次にまいります。
 第4の柱は、部落差別解消法と人権問題です。
 国会で部落差別解消法なるものが成立いたしました。私は、こうした動向は同和問題の最終解決に逆行するものではないかと考えるものです。部落差別というのが近代社会まで残された要因はいろいろありますが、身分社会の残滓であります。この残滓が消え去って国民が1つに融合することがこの問題の解決です。
 民族差別の場合は違います。民族の違いをなくし融合しようとするのは、かつて日本帝国主義が朝鮮民族に押しつけようとした創氏改名のようなものです。民族問題は、それぞれの歴史や文化を尊重しながら、それぞれの民族に誇りを持てるようにならなくてはなりません。
 男女平等の場合も、男女の区別をなくしてしまうのでなく、男性は男性として、女性は女性として尊重されるものでなくてはなりません。もちろん、過度に男らしく、女らしくと強調することが男性、女性としての尊重とは言えないということも申し上げておきたいと思います。
 こうした理解に立ったとき、同和行政というものは矛盾をはらんでいることがわかります。同和特別対策として行政を進めようとすれば、同和地区を否定し、同和地区出身者というものを否定しなくてはならないからです。それでも、1960年代には、あえて線引きをしてでも同和対策をせざるを得ないほど同和地区内外の格差が大きかったのです。線引きをして特別対策をすることについての国民的合意が1965年の同和対策審議会答申であり、それを法制化したものが1969年の特別措置法でした。
 磯村英一氏を会長とする政府の諮問機関・地域改善対策協議会は、1984年の答申で、「同和地区住民の社会的経済的地位の向上」と述べました。また、1993年の和歌山県内の同和地区生活実態調査では、若い世代では同和地区内外の結婚が90%に達し、結婚での差別は過去のものになりました。
 しかし、不幸なことは、84年の磯村答申が「周辺地域の状況に比べて不均衡」、「『ねたみ意識』が各地で表面化してきた」と指摘し、「民間運動団体の行き過ぎたいわゆる確認、糾弾をはじめとする行動形態に起因すると考えられるこわい問題であるとの意識の発生」と指摘せざるを得なかったことでした。同和行政のゆがみ、同和行政を民間運動団体が私物化する窓口一本化、意見の違う者を差別として糾弾する一連の事件は、司法の場でもその不当性が明らかにされました。そして2002年、同和対策事業は廃止されたのです。
 さて、質問です。
 第1点は、このたびの部落差別解消法は理念法であって、予算措置を伴うものではないことを強調されています。しかし、部落差別の実態に係る調査を講ずることを責務としているということは大変心配です。
 和歌山県では、同和対策が終了して以後も、同和問題を最重点課題と捉えた実態調査を計画したことがありました。そのとき、月山弁護士を委員長とする県人権施策推進審議会、その小委員会が平成18年3月16日付で意見書を提出し、厳しく批判をしました。意見書は、「同和問題を、人権局──これは県の人権局──が突出した形で捉えることは、同和問題自身の解決方法としても好ましいものではない」とし、実態調査は中止になったのです。
 企画部長にお伺いいたします。このたび法律が成立した場合に、かつての月山意見書が心配したような懸念はないのかどうか、お答えいただきたいと思います。
○議長(浅井修一郎君) 企画部長髙瀨一郎君。
  〔髙瀨一郎君、登壇〕
○企画部長(髙瀨一郎君) 部落差別解消法の実態調査につきましては、部落差別の解消の推進に関する法律第6条において、「国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するため、地方公共団体の協力を得て、部落差別の実態に係る調査を行うものとする。」と規定されておりますが、参議院法務委員会におきまして、「部落差別の実態に係る調査を実施するに当たっては、当該調査により新たな差別を生むことがないように留意しつつ、それが真に部落差別の解消に資するものとなるよう、その内容、手法等について慎重に検討すること」と附帯決議がなされているところでございます。今後、所管省庁において、附帯決議を踏まえ、調査により新たな差別を生むことがないよう、調査の内容や手法等について十分検討されるものであると考えております。
 県におきましては、引き続き情報収集に努めるなど国の動きを注視してまいります。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 お答えいただきましたように、国会の審議でもいろいろと批判もあり、心配の声もあった、そこで、その調査が新たな差別を生むことのないようにというふうな附帯決議までつけざるを得なかった、こういうことでございます。この法律の運用が新たな差別を生むことのないように厳しく見守っていきたいというふうに思っています。
 次に、月山意見書は、「県人権局の取り組み姿勢には、未だに『同和問題をはじめとする人権問題』──つまり人権問題でまず同和問題から入るという──からの脱却が認められず、失望と挫折感を禁じえない」と述べておりました。これは平成18年時点のことですが、同和問題だけを突出して強調することを批判したわけです。
 県人権局には、いろいろな相談が寄せられると思います。どういう相談が多いのでしょうか、企画部長からお答えいただきます。
○議長(浅井修一郎君) 企画部長。
  〔髙瀨一郎君、登壇〕
○企画部長(髙瀨一郎君) 県企画部におきましては、人権局、各振興局、公益財団法人和歌山県人権啓発センターにおいて人権全般に関する相談窓口を設置し、県民からの相談に応じているところでございます。
 平成25年度から平成27年度の過去3年間における人権相談件数につきましては、合計716件の相談を受理しております。
 人権課題別では、件数順に、障害のある人、女性、同和問題、子供、高齢者の人権に関する相談となっております。
○議長(浅井修一郎君) 雑賀光夫君。
  〔雑賀光夫君、登壇〕
○雑賀光夫君 お答えになられましたように、今日の人権問題はいろいろあります。月山意見書が指摘したように、同和問題を突出して取り上げることは問題の解決に逆行する場合があります。これまで同和問題の解決に心を砕いてきた多くの皆さんから、このたびの「部落差別」を冠した法制定に懸念や怒りの声が上がっていることを申し上げて、今回の質問を終わります。
 どうもありがとうございました。(拍手)
○議長(浅井修一郎君) 以上で、雑賀光夫君の質問が終了いたしました。
 これで、午前中の質疑及び一般質問を終わります。
 この際、暫時休憩いたします。
  午前11時29分休憩
────────────────────
  午後1時0分再開
○副議長(服部 一君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。
 質疑及び一般質問を続行いたします。
 23番中本浩精君。
  〔中本浩精君、登壇〕(拍手)
○中本浩精君 皆さん、こんにちは。本日3番目に登壇させていただきます中本浩精です。いましばらくの間、おつき合いいただきますようによろしくお願いいたします。
 それでは、議長のお許しをいただきましたので、通告に従いまして一般質問をさせていただきます。
 まず最初に、台湾現地調査について報告させていただきます。
 11月28日から11月30日、尾崎要二議員、岸本健議員、そして私、中本浩精の3名で台湾台北市を訪問しました。
 11月28日到着後、和歌山県観光交流課交流推進班の職員2名と合流し、財団法人台湾観光協会本部事務所を訪問、王富民副秘書長、戚國福組長と面談し、孫文と南方熊楠との歴史的ゆかりや教育旅行を通じた台湾と和歌山の双方向の交流促進について意見交換を行いました。その際、王副秘書長からは、「台湾と和歌山の双方向のさらなる交流促進に向けて、お互いに協力しながら連携していきたい」との発言もいただきました。
 続いて、台北市内の大手旅行会社であり、和歌山ツアー商品を積極的に展開している喜鴻旅行社有限公司を訪問し、鄭穆誠総経理、李柏樟副社長ら同社幹部に対し、和歌山への送客状況についてヒアリングを行うとともに、和歌山での農家民泊や体験型観光の魅力をPRし、さらなる和歌山ツアー商品の企画を依頼しました。鄭総経理からは、「ゴルフ企画旅行や体験型観光を取り入れた教育旅行を検討していきたい」との前向きな発言をいただきました。
 28日、最後の訪問先である中華民国外交部亜東関係協会では、蔡明耀秘書長及び李世丙副参事と面談し、孫文と南方熊楠との歴史的ゆかりや教育旅行を通じた台湾と和歌山県の交流促進に係る意見交換を行いました。蔡秘書長及び李副参事からは、「台湾と和歌山のさらなる交流促進に向けて、お互いに協力しながら連携していきたい」と発言があり、大変心強く感じました。
 2日目、29日の午前中は、国立台湾大学図書館にて世界的かんきつ分類学者であり附属図書館の初代館長でもあった田中長三郎先生の蔵書を整理・保存した田中文庫の調査を実施いたしました。岳修平教授、林維真副教授、図書館担当・黄さん、田中長三郎の研究をされている大学院生の修さん、実際に田中文庫を整理している李さんから現場を案内していただきながら説明を受けました。
 台湾で田中長三郎の業績は高く評価され、国立台湾大学内に田中文庫の設立に至っています。しかし、日本で彼の業績を知る人は少ないようです。全国有数のかんきつ産地、和歌山県では、海南市橘本神社の宮司を務める前山家と田中長三郎とが終生にわたり深く交流し、かんきつ産業の発展に尽力してきました。また、現在、大阪大学において、前山家で発見された田中長三郎との手紙等について研究が行われています。
 図書館の書籍は、温度、湿度管理はもちろん、クスノキでつくられた重厚な本棚に3800冊を保存しており、今後、全てをデータベース化するとのことです。それらの中には、1912年(明治45年)発行の「蜜柑乃紀州」があり、当時の有田郡保田村山田原飯盛山柑橘園の写真等の様子が記されていました。後でも触れますが、田中長三郎は南方熊楠とも交流を重ねてきています。田中長三郎と南方熊楠、そして孫文との歴史的ゆかりを通じた台湾と和歌山との関係について意見交換を行いました。その際、お聞きしたところ、2018年には田中長三郎の特別展示会を予定しているとのことでした。
 午後からは、商田實業有限公司にて、林けい森理事長、林璋い社長らと和歌山県産品の台湾への輸入状況についてヒアリングを行いました。食品関係では、和歌山県は徳島県と合同で現地高級スーパーでのフェアを開催しているが、もっとフェアの開催に力を入れてほしいとの話を伺いました。また、知事が来てトップセールスを行っている県は多いが、和歌山県の知事はまだお越しいただいてないので、くまモンに負けないように、きいちゃんとぜひ御一緒に来ていただきたいとの要望を受けました。
 引き続き、商田實業有限公司が和歌山県産品の取引を行うシティースーパー復興店にて、実店舗での和歌山県産品の販売状況を調査しました。シティースーパーは高級スーパーで、日本製品も多く取り扱っており、和歌山県産についても下津ミカンなどの生果や加工品、ジュース、しょうゆなどが取り扱われていました。
 商田實業から台湾産の柿の品質は上がっていると聞いたので、日本円で1つ300円もする台湾産の柿を試食してみました。見た目は日本の柿と変わらず、大きくて美しい。柿に張られているシールには平仮名で「おいしい」と書かれていて、台湾産と言われなければ日本のものと間違いそうでした。ただ、味は日本の柿のほうがよいと私は感じましたが、台湾産の柿の品質が上がっていることも感じました。
 11月30日最終日には、株式会社島精機製作所台北支店にて、香港現地法人営業推進室の北村さんから県内企業の台北での現況についてヒアリングを行いました。この台北支店は、台湾で繊維産業が盛んな中、東京支店よりも早く1986年に直営店として設置されました。
 繊維関係の企業について、台湾の会社は、日本でデザインを作成し、中国の工場で生産を行うパターンでしたが、生産地についてはベトナム、バングラデシュ、ミャンマー、カンボジア、インドネシアにシフトしているようです。
 最近はセーターの編み機以上に靴のアッパー部分の作製のための機械を年間数千台販売しております。台湾は、原材料になるナイロン、ポリエステルの生産量が多いということも要因でしょうが、靴産業が盛んで、特にスポーツブランド、アウトドアブランドのシューズでは、ナイキ、アディダスの7割から8割は台湾の会社が製造しています。それだけに、台北支店の機能は重要であり、アジアの拠点となっています。
 今回の調査では、大きく4つのテーマ、観光振興(特に修学旅行での交流)、田中文庫、和歌山県産品(特に輸出促進について)、そして県内企業の現況について調査を行いました。これらのことを今後の議会活動等を通じ、県勢発展のために生かしていく考えであります。
 最後に、対台湾について、和歌山県職員の皆様も少なからず現地に赴き、一生懸命に頑張っていますし、現地で高く評価していただいておりました。大変うれしく思いましたし、誇りにも思いました。これまでの取り組みにより、現地スーパーでは多くの県産品が定番化され、取り扱ってもらっているようなので、今後は、スーパーでのフェアに加え、販売先の幅をさらに広げていく取り組みも必要だと感じました。また、できれば担当の分野別に活動するのではなく、それぞれを連携させて活動するべきであるとも思いました。その上で、機会を捉え、知事のトップセールスが行われることを要望いたしまして報告といたします。
 どうか、知事、よろしくお願いいたします。
 それでは、質問に入らせていただきます。
 グローバル化に対応した教育について、小項目1、台湾への修学硫行について。
 先ほど御報告させていただいたように、県の観光振興と農産物の販路拡大等を目的に台湾を視察してまいりました。その際、立ち寄った台湾大学には、田中文庫と称してたくさんの蔵書が置かれ、現地の方々によりとても丁寧に維持管理されておりました。
 この田中氏とは、南方熊楠と親交が深かった農学博士の田中長三郎氏であります。田中氏は、東京農業大学農学部、大阪府立大学農学部等の教授を歴任したほか、台北帝国大学農学部でも教鞭をとり、現在でも彼の中国語、日本語、英語による蔵書が台湾大学に残っているのです。これら彼の蔵書は、とりわけかんきつの分野で台湾の植物学と園芸学の研究に大きな貢献を果たしています。熊楠を語る上でも重要な人物が、台湾でその足跡を残していることは興味深いことです。
 グローバル化が叫ばれる現在、本県の高校生には、世界各国で活躍した本県出身の先人もしくはゆかりの人物が足跡を残した場所を訪問し、ふるさと和歌山への誇りを新たにしてほしいと思っております。
 台湾は、日本からの距離が近く、治安も安定し、親日家が多い地域であります。県立高校の修学旅行の目的地として最適な場所の1つだと考えます。今後、台湾へ修学旅行に出かける高等学校をふやすことができないか、教育長の見解をお尋ねいたします。
○副議長(服部 一君) ただいまの中本浩精君の質問に対する答弁を求めます。
 教育長宮下和己君。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) グローバル化が進展する中、高校生が海外を訪問し、他国の文化に触れたりさまざまな人々と交流することは、大変意義のあることだと考えております。
 修学旅行、研修旅行に関しまして、平成27年度の調査では、県立高等学校39校中8校が海外を訪れており、そのうち台湾を訪問したのは3校で、来年度は県立中学校1校も台湾への修学旅行を計画してございます。ほかに、交流を目的として台湾の高等学校との姉妹校提携等を結んでいる高等学校も3校あります。また、本年8月に開催されたアジア・オセアニア高校生フォーラムにおいても、台湾から生徒が参加し、本県の高校生と交流を深めました。
 議員御指摘のように、関西国際空港から台北へは約3時間と利便性がよく、また親日家も多く治安が安定しており、加えて、中国語のほか英語を使用する機会も多く、語学研修を兼ねた修学旅行の地としても適していると考えます。
 修学旅行先は各学校の教育目標や教育課程に照らして決定されますが、今後、和歌山と台湾との交流が一層進められるよう努めてまいります。
○副議長(服部 一君) 中本浩精君。
  〔中本浩精君、登壇〕
○中本浩精君 教育長、どうもありがとうございました。
 教育長がおっしゃるように、若い世代である高校生たちが海外を訪問することは非常に意義があることだと思います。豊かな感受性で海外の国、地域のよさを感じ、交流を通して育まれた友情は息の長い国際交流につながります。さらに、日本のよさに目を向けることにもなるでしょう。各国・地域との友好関係を築くためにも、台湾を初め世界の方々との幅広い国際交流の機会を高校生が享受できるよう、よろしくお願いします。
 続いて質問させていただきます。続きまして、小項目2、小学校の英語教育についてお尋ねいたします。
 文部科学省は、平成25年にグローバル化に対応した英語教育改革実施計画を策定しました。また、計画の具体化のため開催された有識者会議では、報告書「今後の英語教育の改善・充実方策について」の中で、英語教育改革の提言もなされています。小学校からの英語教育をより進めるのは既定路線で、現在の小学5年生、6年生の外国語活動を、2020年からは外国語活動を3年生からとし、5年生からは教科化とするそうです。国は、アジアでトップクラスの英語力を目指すとのことですが、私は、小学校で英語を学ぶことはいいことだと思いますが、英語を早くから始めることで英語嫌いな子供たちが出てくることのないよう、とにかく楽しく学ぶことが大切だと思います。
 今後の小学校の英語教育の見通しはどのようになっていくのか、また、それに対して県教育委員会はどのような取り組みを行っていくのか、教育長にお尋ねいたします。
○副議長(服部 一君) 教育長。
  〔宮下和己君、登壇〕
○教育長(宮下和己君) 小学校の英語教育については、現在、5・6年生の外国語活動において、英語を聞いたり話したりすることを通じて英語の音声や基本的な表現になれ親しませることなどを目標とし、年間35時間実施してございます。
 平成32年度から、全ての小学校で実施される次期学習指導要領では、現在5・6年生で行われている外国語活動が3・4年生で実施されることとなります。さらに、5・6年生においては、教科として外国語を年間70時間実施し、英語を聞いたり話したりする活動に加えて、読んだり書いたりすることも学習することとなります。
 このため、本県では、平成27年度より4年間で、全ての小学校の英語教育の中核となる教員を対象に、英語指導力の向上を図るための研修を行っているところです。この研修を受講した教員は、学んだことを自校の校内研修等で全教員に普及し、指導力の向上を図っております。
 今後も、小学校において子供たちが英語になれ親しみ、楽しみながら意欲的に学習できるよう取り組んでまいります。
○副議長(服部 一君) 中本浩精君。
  〔中本浩精君、登壇〕
○中本浩精君 ありがとうございます。今、教育長から御答弁いただきました。
 35時間から70時間になるというお話でございます。時間割も含めて、本当に大変だと思うんですが、子供たちが英語に関心を持って英語を好きになるよう、そして、英語を勉強してよかったなと思えるようなお取り組みをしていただきますように、よろしくお願い申し上げます。
 また、グローバル化が進む中、英語教育の目指すところは、単語を知っている、文法が得意というのも大変な大事なことだと思うんですが、英語を使って何ができるようになるかが大切だと思います。外国の方と話しして、相手のこと、相手の国のことを理解する、そして自分のこと、日本という国を知ってもらえるというのも目指すところだと私は思います。
 また、思いやりの心を込めて笑顔で挨拶すれば、おもてなしの心にもつながると思いますし、コミュニケーションにもつながっていくと思います。
 グローバル化に対応した英語教育改革実施計画にも、日本人としてのアイデンティティーに関する教育の充実がうたわれています。そして、英語教育改革の提言にも平成25年6月に閣議決定された教育振興基本計画にも、日本の歴史、伝統文化等を学びましょう、豊かな語学力、コミュニケーション能力、主体性・積極性、異文化理解の精神等を身につけましょうということが述べられていて、この点は私の思いも一致するところであります。
 もう少しつけ加えますと、日本の伝統文化には、親切、真面目、気配り、礼儀正しさ、そういったものがあると思います。
 そこで、要望といたしまして、グローバル化に対応した教育の充実とともに、日本人のアイデンティティーを育成するために、歴史教育、ふるさと教育、道徳教育についても一層の充実をよろしくお願いいたします。
 続きまして、紀淡海峡ルートについて、紀淡海峡ルートの必要性と実現に向けた取り組みについてお尋ねいたします。
 折に触れ県議会で取り上げられる紀淡海峡ルートについてお聞きします。
 直近では、昨年2月議会で門議員が最後の一般質問の中で取り上げています。また、山下直也議員が関西広域連合議会で、その必要性について質問していただいております。知事の答弁では、和歌山県のみならず、関西の発展、西日本の発展、ひいては日本の将来の発展のかなめとなるプロジェクトであるとのことで、その重要性、必要性を十分認識いただいています。京奈和自動車道の和歌山ジャンクションの完成を間近に控えるなど諸条件が変わる中、改めて県は、この紀淡海峡ルートの必要性をどのように認識しているのでしょうか。
 また、この紀淡海峡ルートというのは夢のプロジェクトであって実現ははるか先というのが実際のところだと思いますが、夢の実現に向かって情報発信を継続しなければ夢に終わりかねません。
 昨年2月議会では、知事から、国を初めとした日本全体に向けて広く情報発信し、提唱し続けるとの答弁があり、大変心強く思っていますし、また期待もしております。その情報発信ですが、ぜひ県民の機運も盛り上がるようなものをお願いしたいと思います。かつてほど紀淡海峡ルートの情報に触れることがない今、県民、特に若い方々は、こういうプロジェクトがあることを知っているのでしょうか。知事を初めとする県当局の思いを県民も共有してプロジェクトの実現に向けて取り組みを進めることが必要だと考えます。
 そこで、実現に向けた取り組みをどのように行っているのか、また、行っていくのか、あわせて企画部長にお尋ねいたします。
○副議長(服部 一君) 企画部長髙瀨一郎君。
  〔髙瀨一郎君、登壇〕
○企画部長(髙瀨一郎君) 紀淡海峡ルートの実現は、第1に第2国土軸としてリダンダンシーを確保するもの、第2に西日本の大動脈の代替機能を有する四国新幹線の実現を可能とするもの、第3に関西国際空港と大阪都心を結ぶ超高速鉄道の整備につながり関西国際空港の機能の強化に資するもの、第4に関西大環状道路や大阪湾環状道路の実現につながるものであり、和歌山県のみならず、関西、ひいては日本の発展のかなめとなる重要なプロジェクトであると考えています。
 実現に向けた取り組みについてですが、国において紀淡海峡ル-トに関する調査が平成19年度を最後に実施されていないことから、県では、国に対し、紀淡海峡ルートの早期実現につながる調査の再開や地域高規格道路の候補路線である紀淡連絡道路の計画路線への格上げなどを提案してきており、本年度も5月に提案を行っております。また、来年1月には、本県が中心となって堺市でシンポジウムの開催も予定しているところです。
 さらに、紀淡海峡ルートの実現に向け、平成27年9月に策定した和歌山県国土強靱化計画に位置づけるとともに、本年度策定している和歌山県長期総合計画にも盛り込むこととしています。
 引き続き、国に対し実現を粘り強く働きかけるとともに、シンポジウムの開催や県のホームページを通じた県民に対する情報発信など、機運の醸成に取り組んでまいります。
○副議長(服部 一君) 中本浩精君。
  〔中本浩精君、登壇〕
○中本浩精君 企画部長、どうもありがとうございました。
 企画部長の答弁をお聞きしまして、県が紀淡海峡ルートの重要性について十分認識していただいていると確信しました。また、理解もしました。
 近年、本県では、重要なインフラが着実に整備されてきている中、次の段階として夢のあるプロジェクトが実現されるよう取り組むべきだと思います。先ほどの部長の答弁にもありましたが、国においては平成19年度を最後に紀淡海峡ルートに関する調査が実施されておらず、トーンダウンした感がありますが、このプロジェクトは今後の本県の発展を考える上においてぜひとも必要であると思います。県においては、調査の再開を国に対し強く働きかけていただくとともに、紀淡海峡ルートの実現に向けた取り組みを力強く進めていただくことを要望させていただき、次の質問に入らせていただきます。
 最後の項目になります。児童相談所について、小項目1、児童相談所の役割についてお尋ねいたします。
 大阪で児童が殺害された、殺害されていたという事件が続きました。過去にも、小さな命が奪われる、時にはその子が最も頼るべき人の手によりその命を奪われることもありました。どんな事故、事件も悲しい出来事ですが、このような事件は本当に悲しく、やり切れない思いが募ります。そして、過去にもあった同様の事件、そのうち幾つかは回避できたのもあったのではと考えたりもします。
 児童虐待では、各種機関の連携のもと適切に対応していただいておりますが、児童相談の一義的な窓口は市町村が担い、一時保護や施設への措置入所などが必要となる専門性の高い事例については児童相談所が対応していることと思います。
 近年は、児童虐待がマスコミ等をにぎわせることもあり、児童相談所は児童虐待に対応するところという捉え方があるかもしれませんが、児童相談所は、その名のとおり、児童、子供に関するありとあらゆる問題に対峙する施設だと考えます。
 児童虐待の芽を事前に摘むという対応も、市町村はもちろんですが、児童相談所の大いに期待される業務の1つです。その業務は、幅広い範囲を受け持ちながら専門的な要素もあります。もう1つつけ加えるなら、機械的ではなく心を持って対応していくことも必要です。
 そういう状況の中、十分な人員確保ができているのでしょうか。児童相談所の職員の皆さんは、それぞれの立場で頑張っていると思います。でも、児童相談所というのは、気軽には行きにくいような気もします。これは、相談の多くが重い内容で、家庭のプライバシーにかかわることで、できることならほかに知られたくないということが大きな要因だと思います。
 そこで、気軽に相談いただくようにどういった手だてをとっているのか、そして、私たちはあなた方の味方ですよ、困ったことがあればいつでも相談に乗りますよ、こんな対応をしていますよということも含めて、福祉保健部長の所見をお聞かせ願えますか。
○副議長(服部 一君) 福祉保健部長幸前裕之君。
  〔幸前裕之君、登壇〕
○福祉保健部長(幸前裕之君) 県内の児童虐待相談件数は、年々増加傾向にあります。さまざまな相談や通報に対応するため、児童相談所においては、児童福祉司や児童心理司等の専門職員の増員、児童虐待緊急対応員の配置など、体制強化を図っているところです。
 しかしながら、虐待事案は、複雑な事情を抱え、解決に向けためどが立つまでに長い時間を要するものが多く、担当職員のもとに相談ケースとして積み上がり、多くの困難事案を抱えるという厳しい現実の中、相談所の職員は日夜業務に向き合っています。
 このような状況の中で、虐待対応だけでなく発達障害や非行に関するものなど、さまざまな相談への対応が必要となることから、議員御質問の心のこもった対応ができるよう、職員の実務経験に応じた体系的な研修を実施し、相談援助やカウンセリング等の専門性及び資質の向上に努めています。
 また、虐待の未然防止や早期対応につながる電話相談については、今年度から相談員により24時間対応で実施し、充実を図っています。
○副議長(服部 一君) 中本浩精君。
  〔中本浩精君、登壇〕
○中本浩精君 部長、ありがとうございます。
 続きまして、小項目2、児童相談所の適正配置についてお尋ねいたします。
 児童相談所は、県内では和歌山市内に子ども・女性・障害者相談センター、田辺市内に紀南児童相談所、新宮市内に紀南児童相談所新宮分室と3カ所ありますが、十分なのでしょうか。
 児童相談所の敷居が高いのもだめですが、遠いのもどうかと思います。かなりデリケートな問題なので、電話の相談でよしとか、たまに行って相談でよしとはいかないと思います。市町村との連携でも、遠隔では面談よりは電話等が主となり、距離はきめ細やかな対応への壁となります。電話相談による体制を拡充したとしても、虐待事案など複雑な事情を抱える家庭への対応としては、専門的な知識を持った児童相談所職員による面談等が必要となる場合が多くあると思います。また、家庭とのかかわりが長期化し、継続的な対応が必要となることもあるでしょう。
 そのような中、県内の地理的状況も考えた場合、できる限り身近なところに児童相談所の窓口があることが望ましいのではないかと思います。
 バランスという点では、伊都・橋本地域に1カ所設置いただくのが適当と考えますが、いかがでしょうか。児童相談所の追加設置についての考え方を福祉保健部長にお尋ねいたします。
○副議長(服部 一君) 福祉保健部長。
  〔幸前裕之君、登壇〕
○福祉保健部長(幸前裕之君) 議員御質問のとおり、県では2カ所の児童相談所と1カ所の分室を設置していますが、地域性を考慮の上、迅速な対応を行うための体制として、伊都振興局、日高振興局に児童相談所との兼務職員をそれぞれ配置しているところです。
 児童相談所の追加設置についてですが、これまで地域別の相談対応状況等を踏まえ、県全体の職員の適正配置を図ることで対応してきたところです。
 今後は、住民に身近な窓口となる市町村に対して適正な役割分担を行うための体制強化を働きかけるとともに、兼務職員を配置した振興局の機能強化に向けて検討を進めてまいりたいと考えております。
○副議長(服部 一君) 中本浩精君。
  〔中本浩精君、登壇〕
○中本浩精君 今、部長のほうから2項目について答弁をいただきました。
 初めに申しましたとおり、痛ましい児童虐待は年々増加を続けています。聞けば、和歌山県でも、児童相談所に寄せられる虐待相談件数はここ5年で倍増しているとのことです。一方で、対応する組織体制は十分であるのか、研修、研さんによって個人の能力を向上しても限りがあるのではないか、個別状況もいろいろあるし、社会的な注目にさらされている職員の緊張感は察して余りあると感じています。児童相談所の職員の精神的なストレスも気になるところです。ぜひ、体制の充実強化に取り組んでいただきたいと思います。
 さらに、物理的距離を改善させるため、新たな児童相談所とまでは申しませんが、伊都・橋本地域にも分室機能を持たせ、相談体制の強化をお願いしたいと再度申し上げ、要望とさしていただき、質問を終わらしていただきます。
 どうもありがとうございました。(拍手)
○副議長(服部 一君) 以上で、中本浩精君の質問が終了いたしました。
 質疑及び一般質問を続行いたします。
 1番堀 龍雄君。
  〔堀 龍雄君、登壇〕(拍手)
○堀 龍雄君 4番目ということで、皆様には大変お疲れのところだと思うんですけれども、いましばらくおつき合いをいただきたいなと思います。
 それでは、議長にお許しをいただいてありますので、まずネパールの訪問についてということで報告をさせていただきます。
 ネパール連邦民主共和国ルンビニとの友好協定調印式及びルンビニ遺跡の視察に行かせていただきました。
 平野高野町長を団長とし、高野山大学・奥山直司教授、県から国際担当参事の津井宏之参事、高野町から事務局長の倉本文和局長、企画公室の辻本幸弘室長、岡北修治係長、そして私の7名で、平成28年10月24日から10月29日までネパール国に訪問をさせていただきました。
 1日目の10月24日月曜日に、日本時間0時30分関西国際空港より出発し、現地時間で12時30分にカトマンズ空港に到着し、時差は3時間15分ありました。ネパールの人口は約2850万人で、ここカトマンズでは600万人の人口があります。ホテルにすぐチェックインして、カトマンズから車で約20分の古都パタンへ訪問し、世界遺産ダルバール広場にてジャンガナラヤン寺院やクリシュナ寺院、ゴールデン寺院を視察しました。昨年の地震の影響もあり、一部倒壊している寺院も多く見られましたが、修復工事も進んでいるようでした。
 カトマンズの交通状況は、車については高年齢の車が多く、新しい車はほとんどありませんでした。スクーターやバイクが非常に多く、ほとんど2人乗りでした。運転する人はヘルメットが必要なんですけれども、後ろに乗る人は荷物と同じでヘルメットの必要がないようです。
 また、驚いたのには、信号もなく警察による手信号によるものでした。夕刻の時間帯になると停滞を引き起こしていました。また、砂じんと排気ガスにより大気が汚れていて、私たちの言う、昔で言う光化学スモッグのようにかすんでいました。
 資料の1、2、3を見てください。太陽がほんまに曇って見えるのがおわかりかと思います。
 2日目、10月25日火曜日10時30分にネパール日本国大使館・小川大使への表敬訪問を行い、ネパールの現地事情の報告や高野町とルンビニのかかわりについて話し合い、説明も受けました。11時からビドヤ・デビ・バンダリネパール大統領への表敬訪問が許されており、小川正史大使、浜田清・一等書記官も同席していただき、大統領と面談を行うことができました。
 大統領は、「日本とネパールの国交60周年の記念の年に高野町の方が訪問されたのは大歓迎であります。日本は、我々が危機的な状況になったとき、一番先に援助をしてくれる。また、ネパールの経済発展についても支援してくれている。都市と都市の関係により姉妹提携することになった。これは、ネパールの友好関係にもつながることである。ルンビニは、6つのゾーンがあり、仏教の聖地となっている。ルンビニには有名なマヤデビ寺院があり、そのほかにも釈迦に関する遺跡がたくさん残っています。また、ルンビニに国際空港をつくる計画がある」と、大統領のお話でした。
 小川大使は、「釈迦の生誕地ルンビニと金剛峯寺が友好都市になったことは意義深いものであります。昨年、タライ地域で暴動等があり、高野町の方が訪問できなかった。ことしは治安もよくなり、訪問することになりました」と大統領に説明をされました。
 高野町長は、「高野山はお釈迦様が誕生していなければ存在しない地域です。提案があります。リオオリンピックにはネパールより7名の方が参加されておりました。2020年東京オリンピックの際に、ネパール代表選手をホストタウンとして高野町に来ていただきたい。町を挙げて歓迎するので、よろしくお願いします」との挨拶がありました。
 大統領は、「町長のお話を聞いてうれしく感じる。岸外務副大臣が訪問されたときもそのようなお話があり、日本の国がネパールを応援しているのがうれしく感じる。できる限り多くの選手を出したいと思います」と思いを述べられました。
 前の日本ネパール国大使館・バッタライ大使は大統領補佐官となっており、今回の大統領との訪問の調整をしていただき、バッタライ前大使も同席をしていただきました。4番と5番の写真でございます。
 小川大使との昼食会の後、2時からネパール文化・観光・民間航空大臣への表敬訪問を行い、引き続き小川大使、浜田一等書記官も同席していただき、面談を行いました。
 大臣は、「高野町とルンビニ開発委員会の調印は27日にルンビニでします。当初、私がルンビニに行き、調印する予定でしたが、他の公務でインド首相が来訪になるので行けなくなりました」と。大臣はルンビニ委員会のトップであることから、「調印式に行けないのは非常に残念です」とのことでした。
 日本とネパール国交樹立が60周年の記念の年となり、1902年にネパールから初めて日本へ留学をした記録もあり、つながりも深い国であります。高速道路やネパールの空港も日本が協力していただいている、また、ネパールにはトンネルがないが、日本の協力を得てトンネルをつくる計画がある、仏陀は平和の象徴であり、国と国、文化と文化、町と町、村と村の提携も大切である。ムスタン郡の村と日本の村が提携していると言っていました。
 大使は、高野山のことを紹介され、ルンビニと友好提携を結んでいる昨年の高野町訪問団の中止のことやバンダリ大統領への表敬訪問のこと、ルンビニへの訪問について大臣へ説明され、「日本とネパールの友好に期待している」と言っておられました。
 町長は、「高野山は、お釈迦様が生まれていなければ存在しない地域である。提案があります」、またリオオリンピックのことを述べられ、「2020年の東京オリンピックに代表選手をホストタウンとして高野町に来ていただきたい。町を挙げて歓迎するのでよろしくお願いします」と大臣にもお願いをしていました。
 大臣は、「私の部署の管轄でないので、閣議で何人オリンピックに出すか決定する必要がある。個人的には支援したいが、ネパール政権が不穏なこともあり、私がその年までここにいないかもわからない」と冗談めいたこともおっしゃっておりました。それが、6番と7番の資料でございます。
 午後3時から、カトマンズ市内の世界遺産視察。カトマンズ市内の世界遺産、スワヤンブナート、ダルバール広場、クマリの館、ハヌマンドカを視察しました。8番と9番です。
 その夜、小川大使主催による夕食会を開催していただき、大使公邸で大使御夫妻にお出迎えをいただいて、その後、日本料理で歓迎を受けました。
 3日目、10月26日、浜田一等書記官もルンビニヘ同行していただきました。カトマンズ空港で当初8時40分に出発する予定だったんですけれども、空港トラブルのため1時間30分ほど足どめになり、大変不安と心配したんですけれども、大きなおくれを出したものの無事出発できて、無事バイラワ空港に到着しました。ルンビニ開発委員会・アジタマン秘書官、ライ事務局長らが歓迎とお出迎えで、その後ルンビニに移動しました。10番と11番の資料でございます。
 11時30分から、世界遺産ルンビニ遺跡マヤデビ寺院の視察を行い、ルンビニ開発委員会職員のお出迎えを受け、マヤデビ寺院は仏陀誕生の地であり、重要史跡の1つであります、アショカ石柱の碑文には「ルンビニが仏陀生誕の場所である」と銘記してありました。プスカルニ池は、マヤデビ女王が出産前にここで沐浴したと言われており、史跡として極めて重要な意味を持つ池だそうです。それが12番です。13番が、みんなが行った写真でございます。
 ホテルルンビニ笠井にチェックイン後、昼食。このホテルは、日本人の笠井篤信さんが経営しております。2時からルンビニ開発委員会によるプレゼンテーションがあり、ルンビニ開発委員会職員による、ルンビニの歴史、仏陀誕生の経緯、そして1978年に丹下健三氏が作成したルンビニ開発のためのマスタープラン等について説明を受けました。14、15がその状況です。
 3時からルンビニ開発マスタープランエリアの視察を行い、世界の宗教書が保存されているので閲覧ができますルンビニ図書館では、和歌山県の南方熊楠全集が1巻から10巻まで、また特1、特2巻まで所有しており、地元の人間として本当に感激をいたしました。マスタープランエリア内にある仏教施設群、王宮タイ寺院やドイツ寺院などが建設されておりますけれども、日本寺が建設途中で中止になっておりました。誰か後押ししてくれる人おりませんかという話があったんですけれども、誰も手を挙げることができませんでした。大きな予算が要るそうです。その後、再度マヤデビ寺院を視察いたしました。16が図書館の風景です。そして、図書館の書棚です。
 午後7時からルンビニ開発委員会主催による夕食会が催され、ルンビニ開発委員会職員との意見交換を兼ねた夕食会の歓迎を受けました。
 10月27日8時から、ルンビニ近郊の重要な遺跡の視察を行い、ルンビニの西27キロに位置する、基礎をレンガで補修してきれいに整備されているティラウラコット、ここには、西門、釈尊が愛馬カンタカに乗りこの地を出発したと言われる東門、城壁、堀跡、かつての宮殿跡、井戸、貯水槽が発見されています。また、お釈迦様の子供ラフルが修行したところと言われているクダン、そのほか、ルンビニ近郊のニグリハワ、ゴティハワをルンビニ開発委員会の職員により説明をいただきました。21と22がその説明を受けているところでございます。
 12時から高野町とルンビニ委員会の文化・観光・交流相互協定締結式が行われました。当初は文化・観光・民間航空大臣が調印する予定だったんですけれども、他の公務が重なり、ルンビニ開発委員会副会長のシッダールタ氏が調印されました。
 シッダールタ副委員長の挨拶が行われ、「ルンビニ代表として特別な日に神聖な場所で調印できることは、お釈迦様に感謝いたします。ルンビニの人にとって日本は誇りで、心から歓迎します。本日、私はイギリスから帰ってきました。本来なら会長である文化・観光・民間航空大臣が調印するところですが、代理で副会長の私が調印させていただきます。ネパールと日本は、強いきずなで世界文化遺産を守り続けています。日本からもネパールのルンビニに来ていただきたく思います。本日、皆様がお越しになられたことはターニングポイントになる。この協定が意義深いもので、世界遺産の保全に全力を尽くしていかなければならない。ルンビニと高野町はつながっている。第2のふるさととなるように」と御挨拶がありました。
 高野町長の挨拶は、「このたび、ネパールの地でルンビニ開発委員会と高野町の世界文化遺産を通じた幅広い交流を目的とした友好協定の調印をできますことを大変喜ばしく思います。この調印に2年前からお世話になりました日本国政府、二階幹事長初め和歌山県、その他大勢の機関、関係者の皆様に深く感謝の意を表したいと思います。さて、ネパールに入って深く感じたことは、人々が優しい、そして活気に満ちあふれているなど、日本では味わえない感覚を覚えました。今回の体験したことは、帰国してから広く住民に知らせたい思いです。最後に、この調印が実のあるものになるためには、これからが肝心です。皆様、一緒に育てていこうではありませんか。この2日間、お世話になりました日本国大使館・小川大使、浜田一等書記官初め全ての皆様に深く感謝を申し上げ、ネパール・ルンビニでの調印に際しましての挨拶といたします」と高野町長がおっしゃり、「また日本、高野山で会いましょう」と感激の気持ちを前に出しました。23と24がその資料でございます。
 調印式終了後、ルンビニ開発委員会副会長主催による昼食会をしていただき、その後、ルンビニ開発委員会職員がバイラワ空港まで見送りに来てくださり、ルンビニを後にしました。
 この調印式での通訳は、国際参事の津井参事にお願いをしてお世話になって話が前に進んでいきました。
 10月28日金曜日にカトマンズ空港を出発し、10月29日7時30分に無事関空に到着しました。ネパールに行かしていただき、人の心のよさ、国の活気を目の当たりにして、ネパールとの友好をこれまで以上に交流を密にして、よい関係を続けていきたいなあと思いました。また、世界遺産についても、歴史と文化財の保存に努め、次の世代にこのままの状態で送らなければならないと強く感じました。
 以上で、ルンビニの報告をさせていただきます。
 次は、対面席から一般質問をさせていただきます。
 かつらぎ西部公園の整備についてということで、都市公園事業について、県としての取り組みはという課題で入らしていただきます。
 まず、かつらぎ西部公園の整備についての質問の前に、地域的に関連する伊都浄化センター建設に伴う周辺整備事業についての経過報告をさせていただきます。
 伊都浄化センターは、和歌山県と橋本市、かつらぎ町、旧高野口町、九度山町とで紀の川流域下水道事業として取り組んできました。
 周辺整備については、平成9年1月に、道路関係、コミュニティー施設、処理場内環境整備施設が行われるようになり、県と関連市町との間で覚書を取り交わしております。その中で、平成9年から平成19年で道路関係、集会所施設については順次完了していただきましたが、社会体育文化施設については進まない手つかずの状態でした。そういうことなので、平成19年7月に仁坂知事さんに、地元西部自治区役員、県議会議員、かつらぎ町長ら一行が、社会体育文化施設の早期着工をお願いに行かしてもらってあります。その際、社会体育文化施設の建設は行わないということになりました。
 このまま放置しておくわけにはいかないといろんなことを考えられていたところ、人口の減少等、社会情勢の変化により処理場の規模が見直され、その規模が縮小可能なことから、一方でかつらぎ町が都市公園を必要とする思いが合わさったことから、地元、町が知恵を出し合い、現在の公園の計画ができました。
 そのころ、県のおかげでインフラの整備も行われ、府県間トンネルである鍋谷峠トンネルも平成28年供用開始と聞いており、工事のほうも着実に進んでいるように見受けられ、また、京奈和自動車道路もかつらぎ管内は平成27年、28年で上下線のパーキングエリアの完成により物産店やレストランも建築され、魅力のあるようになり、本当にありがとうございました。便利になれば大勢の方が来ていただけると考えられております。
 また、県も同じ考えですが、かつらぎ町も健康寿命日本一を目指しており、また、宣言もしております。子供からお年寄りまで、余り激しくなく歩いて遊べる健康によいスポーツ、そのことからパークゴルフ場を中心とした公園にしようということで、仮称ではありますが「かつらぎ西部公園」の名称で進んできました。
 また、東日本大震災や、ことし大きな被害を受けた熊本地震などが発生しました。和歌山県も、いつ起こってもおかしくないと言われている東南海・南海地震や南海トラフによる大地震による災害から被害を少なくするように、防災計画も立てて県民の安全を確保するように努めてくれております。かつらぎ町の真ん中を横断する中央構造線が通っており、熊本の地震のように直下型の地震になれば被害も大きいと言われております。そのことから、この公園を派遣自衛隊の宿営地や住民の仮設住宅に有効利用できると思っております。
 お手元の配付の資料をごらんください。ゴルフ場については仮設の住宅、また炊事棟など、いろいろな形で利用できるように考えてあります。このようなことから、目的達成のために25年にかつらぎ町が単独で基本構想を実施し、この年の12月に西部公園基本構想の説明を地元自治区役員にも説明会を開催し、了解を得てあります。その後、1市2町の了解もいただいて、平成27年度から公園事業が開始されております。市町が一丸となって取り組んでいる事業です。
 そこで、お尋ねをいたします。
 都市公園に対する県としてのお取り組みはどのようなものか、県土整備部長にお願をいたします。
○副議長(服部 一君) ただいまの堀龍雄君の質問に対する答弁を求めます。
 県土整備部長森戸義貴君。
  〔森戸義貴君、登壇〕
○県土整備部長(森戸義貴君) 都市公園事業に対する県の取り組みについて御質問を頂戴いたしました。
 都市公園は、人々のレクリエーションの空間となるほか、良好な都市景観の形成、都市環境の改善、都市の防災性の向上など、多様な機能を有する都市の根幹的な施設であると認識しております。
 このため、県が設置・管理する紀三井寺公園、和歌公園、河西緩衝緑地などの都市公園においては、老朽施設の更新などの整備を推進することにより、利用者の安全・安心の確保、利便性の向上等に努めているところでございます。
 また、市町村が都市公園を整備する際に、県は、当該公園が安全性を備えつつ適切な規模、配置となるよう必要な助言を行っているほか、都市計画決定に係る同意や事業認可、国の社会資本整備総合交付金の活用に係る指導、監督等を通じて、市町村の公園整備が円滑に進められるよう支援させていただいているところでございます。
○副議長(服部 一君) 堀 龍雄君。
  〔堀 龍雄君、登壇〕
○堀 龍雄君 2つ目の項目に入らしていただきます。
 早期実現のために県としての取り組みはということで、平成27年4月、かつらぎ町都市計画が決定され、かつらぎ西部公園となり、かつらぎ西部公園の基本設計を町単独で行い、公園実施計画を交付金で行っていただきました。当初の計画では、平成27年から31年までの5年間計画での完成を目的とした都市公園スケジュールを組んで取り組んでおりました。
 平成28年度で、公園内に残っていた用地の買収とパークゴルフ場整備、ボーリング調査などが計画内容でしたが、要望していただけおりてきませんでした。理由は、オリンピックやラグビーのワールドカップ整備などがあり、市町村の公園整備についてはなかなか配分がないとのことでした。長年の懸案であった整備がやっと動き出したと喜んでいたのに、大変悲しいことです。
 そこで、お尋ねをいたします。
 西部公園の早期実現のために県としてどのようなお取り組みをしていただけるのか、県土整備部長にお願いを申し上げます。
○副議長(服部 一君) 県土整備部長。
  〔森戸義貴君、登壇〕
○県土整備部長(森戸義貴君) かつらぎ町が実施される公園整備の早期実現のための県の取り組みについて、御質問を頂戴いたしました。
 御質問の仮称・かつらぎ西部公園につきましては、かつらぎ町が橋本市及び九度山町と連携しつつ、当該地域における住民の健康増進、防災機能の向上並びに地域振興を目的として整備を進められているものと認識をしてございます。
 当該公園では、パークゴルフ場を初めとする各種施設を計画し、国の社会資本整備総合交付金を活用しながら整備が進められているところですが、オリンピックやラグビーワールドカップ等の国家的関連事業の開催に向けた都市公園の整備等に関する事業に予算が重点配分されていることなどから、平成28年度においては、かつらぎ町の要望額に対し、必ずしも十分な配分がなされない結果となったものと承知をしてございます。
 全国で数多くの要望がある中で、今後、当該公園の整備に係る必要な予算を確保していくためには、公園整備の必要性について関係機関の理解が得られるよう努めていくことはもちろんですが、まずは社会資本整備総合交付金に係る国全体の予算額の増額も必要であると考えてございます。
 県といたしましては、国に対し、社会資本整備に必要な予算を確保するよう要望するとともに、町の要望額に対し十分な予算配分がなされるよう、かつらぎ町と連携しつつ国に働きかけていく所存でございます。
○副議長(服部 一君) 堀 龍雄君。
  〔堀 龍雄君、登壇〕
○堀 龍雄君 長年の願いの公園化を一日も早く完成していただいて、健康寿命日本一の確立や災害時の心の安心のためにも、御努力いただきますようによろしくお願いをいたします。
 3つ目の項目に入らしていただきます。
 主要地方道高野天川線の整備についてです。高野天川線の整備状況についてという項目で質問をさせていただきます。
 主要地方道高野天川線は、高野町から奈良県野迫川村、五條市大塔町を経て天川に至る紀伊半島中央部を東西に結ぶルートであります。古くは、高野七口の1つである大峰口とも言われ、高野山と大峰山の2大霊場を結ぶ高野大峰街道・すずかけの道として多くの巡礼者が行き来した歴史上名高い道です。平成16年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。
 現在では、吉野・大峰方面は日帰りの観光客がほとんどですが、高野、熊野、吉野・大峰の3大霊場を往来する最短ルートである高野天川線を大型バスの通行が可能になる道路に改良することにより、各観光地が一体化し、和歌山県側に誘致、また奈良県側にも誘致できることから、紀伊山地の霊場と参詣道が一本化して一大観光地となり、大きな観光資源となると考えられております。
 仁坂知事さんも、12月議会の説明要旨の冒頭に、「引き続き世界遺産の保全に努めるとともに、世界遺産ブランドを最大限に活用し、本県の持つさまざまな魅力と組み合わせることにより、多彩かつ戦略的なプロモーションを展開し、さらなる観光客の誘致に努めてまいります」と述べられております。
 また、高野山に大型自動車が通行できる道路は370号線と480号線の2本があります。この2本は、花坂矢立で合流して1本になり、480号線のみが高野山に至っております。ほかのコースでは、龍神スカイラインからの道路です。このスカイラインは、冬になると積雪や凍結のため通行どめになり、通行可能なのがさきに述べました480号の1本になり、高野山は紀の川沿いに沿っている中央構造線の南側に位置している関係で、熊本地震のような直下型地震が起きる可能性が高いと言われております。また、山間部ですのでゲリラ豪雨のような大雨の可能性も考えられます。これらの理由に、480号が寸断されれば、高野町までの大型の通行が困難となります。
 このことを解決するために、主要地方道高野天川線整備促進協議会を平成9年に天川村を会長とし、高野町が副会長となり、五條市、野迫川村で設立して道路の整備を強力に促進するために、道路財源の確保、道路予算の拡大について、国や奈良県に対し積極的な行動をとってきております。
 そこで、お尋ねをいたします。
 高野天川線のこれまでの整備について、県土整備部長にお尋ねをいたします。
○副議長(服部 一君) 県土整備部長。
  〔森戸義貴君、登壇〕
○県土整備部長(森戸義貴君) 高野天川線のこれまでの整備状況について、御質問を頂戴いたしました。
 主要地方道高野天川線は、高野町から県境をまたぎ、奈良県天川村に至る延長約44キロの道路でございます。そのうち、和歌山県側の3.8キロにつきましては、起点の国道371号との交差点から0.5キロの区間が2車線で整備済みとなっております。残る県境までの3.3キロにつきましても、すれ違いが困難であるなど特に通行の支障となる狭隘な箇所や見通しの悪い箇所の整備を順次進めてきておりまして、これまでに8カ所が完了し、現在1カ所の整備を進めているところでございます。
 一方、奈良県側につきましては、約40キロのうち約10キロの区間が2車線で整備済みとなっており、残る区間につきましては、和歌山県内と同様に、すれ違いが困難であるなど、狭隘な箇所や見通しの悪い箇所の整備を進めている状況であると聞いてございます。
○副議長(服部 一君) 堀 龍雄君。
  〔堀 龍雄君、登壇〕
○堀 龍雄君 2つ目の質問に入らしていただきます。大変有効なトンネルについてです。
 資料をごらんください。赤線で引かしていただいてもうてあるのが2.5キロのトンネルにしていただけないかなという要望でございます。この地点に行くのに、高野町からC地点に行くのに普通でいけば12.5キロで、道幅が狭いため30分がかかります。直線にしていただいてトンネルにしていただければ3分で行けるという地図でございますので、資料を参考にしてください。
 大きな災害が発生すれば、1本しかない大型自動車が通行できる道路が寸断されます。それを解消するには陣ヶ峰を抜けるトンネルをつくることにより、災害に対して和歌山県だけでなく、奈良県側から援助を速やかに受けることができるとともに、五條市では自衛隊誘致を活発に行っていることから、災害時には非常に有効な道路になると考えられます。
 また、季節に関係なく利用できる道路となり、冬場、通行が困難な高野龍神スカイライン経由の熊野に行くルートの迂回路となり、冬場の高野・熊野ルートとして利用いただけることになると思います。大変便利な道になります。
 お尋ねをいたします。
 今後の整備については、トンネルによるバイパスが大変有効だと考えるんですけども、当局のお考えを聞かせてください。県土整備部長にお伺いいたします。
○副議長(服部 一君) 県土整備部長。
  〔森戸義貴君、登壇〕
○県土整備部長(森戸義貴君) 高野天川線のトンネル整備に対する考え方について、御質問を頂戴いたしました。
 まず、高野山内へ通じる幹線道路についてでございますが、災害への備えといたしまして、第1次緊急輸送道路である国道480号のかつらぎ町笠田から高野町花坂に至る区間が既に整備済みであり、現在、高野町花坂から大門までの区間において、狭隘箇所の解消とともに、のり面対策による防災面でのさらなる強化を図っているところでございます。
 さらに、第2次緊急輸送道路である国道370号の高野町花坂から九度山町九度山までの区間や国道371号及び国道480号の高野町相ノ浦から有田川町に至るまでの区間につきましても、順次、整備を推進しているところでございます。
 また、高野山から吉野、熊野地域への観光ルートについてでございますが、国道370号を経由し、京奈和自動車道や国道168号などを利用することにより、安全かつ快適に広域的な移動ができると考えております。
 こうした周辺道路の整備状況や奈良県側を含む高野天川線の状況を踏まえますと、議員御提案の高野天川線のトンネルは、多額の事業費が必要となることなどからも現時点でその整備は困難と考えており、引き続き、すれ違いが困難であるなど特に通行の支障となる狭隘な箇所や見通しの悪い箇所の整備を順次進めていくこととしております。
○副議長(服部 一君) 堀 龍雄君。
  〔堀 龍雄君、登壇〕
○堀 龍雄君 トンネルについては、現時点では困難であると厳しい答弁をいただきました。
 が、いつ災害が起こるか誰もわかりません。その災害が発生すれば、スムーズな救助作業や援助作業ができるようにお願いをしたいなあと思いますし、新たな観光ルートの面でも、吉野、天川、高野山といった新しいルートをつくることができると考えております。そのためにも、トンネルや道路の改修が必要となってきます。目標達成のために協議会とともに粘り強く活動を重ねてまいりたいと思いますので、よろしくお願い申し上げまして私の一般質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。(拍手)
○副議長(服部 一君) 以上で、堀龍雄君の質問が終了いたしました。
 これで、本日の質疑及び一般質問を終わります。
 明日も定刻より会議を開き、質疑及び一般質問を続行いたします。
 本日は、これをもって散会いたします。
  午後2時24分散会

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